リタイア後に大切なのは「自分のミッション」を見つけること
定年退職をするなどして、やるべき仕事がなくなると、再び孤独感が忍び寄ってきます。とくに仕事一途で来た人は、会社という居場所を失ううえに、地域のコミュニティに知り合いがいるわけでもなく、一日中家でゴロゴロしているのも退屈で……となり、ひとりぼっちであることに不安や寂しさを感じてしまうのです。
そんな状況を放置しておくと、やがて何をするにも億劫になり、無気力になり、最悪の場合、老人性鬱になってしまうこともあります。けれども「だから仕事をしなさい」とは言いません。趣味でも他の活動でも何でもいいから、ひとりで少しずつ作業を進めていく、そんな楽しみのあるものに取り組むのがおすすめです。
以前、テレビの「ポツンと一軒家」という番組で、まさに石をひとつずつ積み上げて石垣を造っているおじいさんを見て、すばらしいと思いました。子も孫もいらっしゃるけど、自分で建てたログハウスの一軒家でひとり暮らしをし、その周りに石垣を造っているのです。
石垣は大変かもしれませんが、たとえば「図書館の本を週に4冊、年間約200冊借りて読む」とか、「週5日、好きな料理番組で紹介される料理すべてに挑戦し、家族にふるまう」「日々の散歩で発見したことを写真付きのエッセイにして、自費出版を目指す」など、やれることはいくらでもありそうです。目標を立ててひとつずつ積み上げていく、その先で達成感を得られることがポイントです。
加えて欲を言えば、「これが自分のミッションだ」と思える何かが欲しいですよね。使命感を持って事に臨み、少しずつ進めていくことは楽しくやりがいがあるし、社会やどこかのコミュニティとつながっていると実感できます。
懺悔として断崖にトンネルを掘り始めたが…
それで思い出すのは、高校生のときに読んだ、菊池寛の『恩讐の彼方に』という作品です。物語は、旗本に仕える主人公の市九郎が主人の妾と恋に落ち、主人に斬られそうになって逆に殺してしまうところから始まります。以下、あらすじは次の通り。
逃げ出した市九郎は、やがて出家して全国を行脚する。途中、豊前(大分県)の鎖渡しという山越えの難所で人が毎年死ぬことを知った。そこで人を殺めたことの懺悔として、断崖にトンネルを掘り始めた。
21年の歳月が流れ、完成を目前にしたとき、主人の息子が「父の仇」と仇討ちにやって来る。しかし、いつしか市九郎に協力するようになった石工たちが「完成までもう少し待ってくれ」と嘆願。市九郎も「これをやり遂げたら死んでもいい」という気持ちだったのだろう。実際、完成すると「さぁ、殺してくれ」と首を差し出したのである。
なんと潔い男だと、私はとても感動しました。市九郎はノミと槌だけで少しずつ土を掘り進めるうちに、トンネルを完成させることが生涯を賭した強烈なミッションになったのでしょう。その過程で同時に、「もう死んでもいい」くらいの思いが醸成されていったのだと思われます。
リタイアした後も、市九郎のように使命感を持って取り組める何かがあると、孤独感のつけ入る隙もないでしょう。そんな心意気に通じる石川啄木の歌を一首。