関東在住の向坂壱さん(仮名・50代)はトランスジェンダー男性(Female to Male)だ。体は女、心は男であることに子供時代から深く悩んだが、専門学校卒業後しばらくして男性と結婚。2人の子供を出産するが、性別違和のストレスによりアイデンティティが崩壊し、「離人症」を発症。その後、性同一性障害を専門に扱う精神科を受診し、「性同一性障害」と診断されたことをきっかけに「一度きりの人生、悔いなく生きたい」と思い直し、性別移行を決意した――。(後編/全2回)
アイデンティティーの崩壊
22歳の時にパニック症を発症し、その後、離人症も発症した向坂壱さん(仮名・50代)。ひとり暮らしから関西の実家に戻って過ごすうち、徐々に落ち着きを取り戻した向坂さんは、考えた。
「学生時代からアルバイトが長続きせず、就職してからも転職を繰り返してきた自分は、働くことに向いていないのではないか」
「パニック症や離人症もあり、誰かに養ってもらうことを視野に入れて人生設計するのが最善なのではないか」
結局、以前から交際していた漫画家の男性からのプロポーズを受け入れ、1997年、向坂さん27歳、男性32歳で結婚。夫は向坂さんと結婚する数年前から、漫画の仕事が完全になくなり、ほぼニートのような生活をしていた。結婚後は彼の実家が会社を経営していたため、夫婦そろって親の会社に入り、向坂さんは事務員として働き始める。
ところが29歳で長男を、33歳で長女を出産すると、それまで経験したことのないほどのひどい離人症の発作が起き、四六時中“自分がわからない”という狂いそうな状況に陥る。育児はもちろん、家事もままならないため、食事は夫に弁当や総菜を買ってきてもらった。
「今思えば、2度の妊娠・出産という自分の性自認に対して矛盾した行為により、私のアイデンティティーが崩壊し、いよいよ限界を超えて耐えきれなくなったのかもしれません」
自分のことを考え始めると混乱し、発狂しそうになるのを防ぐため、起きている間はとにかくパソコンに張り付いて、ひたすら何かを打ち込んだ。4歳になっていた長男は、昼間は幼稚園に行っていたのでよかったが、0歳の長女には子供向けのテレビ番組を見せておいたり、一人遊びをさせておいたりすることがほとんどだった。
「娘に対する申し訳なさや、自分に対する不甲斐なさで、自責の念に苛まれたことを今でも覚えています」
自死まで考えたほどの苦しい状況の中、向坂さんを支えたもの。それは「子供の成長を是が非でもこの目で見届けたい」という強い思いだった。