病原菌に襲われた植物細胞は最後の手段で「自死」する

絶体絶命に陥った植物細胞の最後の手段。それは敵もろともの「自死」である。

病原菌に侵入された細胞は、次々に死滅していくのだ。どうして、そんなことをするのだろう。

病原菌の多くは生きた細胞の中でしか生存できない。そのため、細胞が死んでしまえば、侵入した病原菌も死に絶えてしまう。

そのため、感染された細胞は、自らの命と引き換えに、植物体を守るのである。病原菌の攻撃によって細胞が死んでしまったようにも見えるが、そうではない。植物側の防御の仕組みとして、細胞自身が自殺をする。この現象は「アポトーシス(プログラムされた死)」と呼ばれている。

実際には病原菌の侵入を受けた細胞ばかりでなく、周辺の健全な細胞もアポトーシスを起こす。山火事のときに、それ以上、火が燃え広がらないように木を切り倒して食い止めることがあるが、同じように、近接する細胞を死滅させることで、病原菌の広がりを食い止めるのである。

病原菌の攻撃を受けた葉っぱに細胞が死滅した斑点が見られることがある。しかし、実際には病気の症状ではなく、細胞が自殺して病原菌を封じ込めた跡であることも少なくない。

かくして細胞たちの激しい戦いと尊い犠牲によって、植物は病原菌から守られるのである。

戦闘後に残された活性酸素を除去するための抗酸化物質

とにもかくにも、植物に平和が訪れた。

映画であれば感動のフィナーレ。人々は肩を抱き合って勝利を喜び合う。そして、歓喜とともに物語が終わる。

ところが、これで終わりではない。物語には続きがあるのだ。

戦い終わってみれば、植物が戦いに使用した大量の活性酸素が残されている。活性酸素は毒性物質だから、植物に対しても悪影響を及ぼす。

戦いが終わった後に不発弾や地雷の撤去が必要なように、この活性酸素を取り除かなければ真の平和は訪れないのだ。

そこで、登場するのが、ポリフェノールやビタミン類など植物が持つ抗酸化物質である。植物は、活性酸素を効率良く除去するためのさまざまな抗酸化物質を持っているのだ。

それだけではない。

活性酸素は、今や防衛の武器というよりも、植物の体の中の細胞に危機を知らせるためのシグナルのような役割をしている。植物のまわりにはさまざまな雑菌がウヨウヨしている。日々、病原菌の攻撃を受け続けている。

さらに植物は、乾燥などの環境ストレスを受けたときにも、緊急事態を知らせるシグナルとして活性酸素を利用するようになった。そのため植物は、常に活性酸素を出したり、除去したりを繰り返しているのだ。

もちろん、私たち人間の体も、活性酸素の発生と除去のシステムを持っている。

しかし、人間や動物は過ごしやすい場所を選んで動くことができるのに対して、植物は動くことができないから、そこが生存に適さない場所でも逃げられない。常に環境ストレスに耐え続けなければならないのだ。

そのため植物は、動物よりも頻繁に活性酸素を発生させては、除去することを繰り返している。そして、抗酸化物質を充実させているのである。

私たちが利用する抗酸化物質の多くが植物由来なのは、そのためなのである。