保安院設置で崩れた「規制」と「推進」のバランス

こうした保安院の“恫喝”で結果的に見送られてしまった「予防的防護措置を準備する区域」(PAZ)が今、防災訓練で試行され始めている。

3月18日、全国最多の原発14基が置かれた福井県で、福島原発事故後に初めて原子力防災総合訓練が実施された。訓練の対象とされたのは、従来の原発3km圏内に対して今回は5km圏内の全住民約400人。わずか2kmの違いではあるが、この圏域拡大はPAZに基づく防災指針変更のひとつだ。

それにしても、17日に「6年前の保安院によるPAZ潰し」が露呈し、その翌日に「今はPAZが導入されて防災強化されている」ことが続けて報じられるという流れには違和感を禁じ得ない。まるで「現在の保安院は以前とは違ってまともである」とアピールするかのような日程の運びだからだ。

原子力の推進と規制を担う機関は、もともと原子力委員会(推進)と原子力安全委員会(規制)の2つだった。ところが、「推進派と規制派は真っ向から意見が対立するため効率的ではない。新しい機関を」との理解し難い判断で、経産省(当時の通産省)内に絶大な権力を握る「原子力安全・保安院」が設置された。政府の国策は原子力推進だ。従って、政府内部の保安院も当然、超推進派の政府機関となる。電力会社は保安院にさえお墨付きをもらえば、原子力安全委員会をほぼスルーして原発の新設や改修が可能となった。安全委の罪は、この仕組みを分かっていながら口を閉ざし、事実上の“推進機関”である保安院に従属して自らの職責を忘れてしまったことだ。保安院設置で、推進と規制のバランスは崩れてしまったのである。

本来、規制機関の在り方はどのように定められているか。

1996年に発効した「原子力の安全に関する条約」は、規制機関について定めた同条約の第8条で、世界54カ国の条約締結国に次のような義務を課している。

「締約国は、規制機関の任務と原子力の利用又はその促進に関することをつかさどるその他の機関又は組織の任務との間の効果的な分離を確保するため、適当な措置をとる」(同条第2項。強調表示筆者)

これは、原子力の「利用・促進」と「規制・監視」の各々に携わる機関を「効果的に分離せよ」ということだ。規制機関を単に組織的に分離・設置したところで、事実上“安全装置”の役目を果たせなければ、それは「効果的」とはいえまい。自民党政権では、その形式上の分離が「効果的」ではなかったため、民主党は総選挙に臨んだ時期の政策集で「安全チェック機能の強化のため、国家行政組織法第3条による独立性の高い原子力安全規制委員会を創設する」と明記。政権奪取直後には鳩山首相(当時)が、「3条委員会をしっかり作る」と国会で答弁した。ところが、両機関の抜本的改革をお蔵入りにしたい経産省幹部官僚の目くらましで、菅内閣になっても民主党政権はこれを棚上げにして放置した。そのため、結果的に3.11原発事故で菅内閣は情報錯乱を律し切れず、これほどの甚大な原発事故被害を招いてしまった。