コミュ力低下は心の健康を損ない孤立を招く

例をあげると、私たちは、コロナ禍以前のマスクをしていない頃、相手の「作り笑い」を表情から見抜いてきました。

人間は、本当におかしいと思って笑うときには、まず口が笑い出し、続いて目が笑います。口と目の動きには若干のタイムラグがあるのです。一方、作り笑いでは、口と目が同時に笑いはじめる。意図的に笑顔をつくろうとすると、口と目が同時に動いてしまうのです。

私たちは、その口と目の微妙な動きから作り笑いを見抜く能力を養ってきました。

そうして、広い意味での生存戦略にも役立ててきたわけですが、マスクで口もとが隠されると、その能力を発揮できなくなります。

私たちは、相手のさまざまな気持ちの動きも、口もとの様子から読み取ってきました。たとえば、相手の機嫌の良し悪しは、口の両端の角度に表れます。たとえば、相手がこちらの話を聞いて、楽しく思っているときには、口角(口の両端)が上がり、つまらないと感じているときには下がります。私たちは、その口角の上下を見て、自分の話がウケているかどうかを確認していたのです。マスク姿の相手には、この能力も発揮できません。

鼻も、表情を読み取るのに重要な部位です。日本語には「鼻の穴をふくらませる」「小鼻をうごめかす」「鼻高々」など、「鼻」を使った慣用句が多数ありますが、それも、私たちが鼻の微妙な動きから感情を読み取ってきたことの証左といえます。マスクをつけると、その「鼻」も覆ってしまうことになるのです。

というように、私たちは、互いに表情を読み合うという技術を使って、円満な社会関係を築いてきたのですが、マスクをしていると、その技術を活用することができないのです。

いうまでもないことですが、人間は一人では生きられません。孤島に流されたロビンソン・クルーソーだって、フライデーと表情を読み合っていたはずです。相手の表情を読む力は、社会を円滑に維持するためにも、重要な技術なのです。

今後さらにマスクをつける時代が続けば、日本人の表情を読む力は確実に衰えていくでしょう。それは、日本人のコミュニケーション能力を落とし、ひいては一人ひとりの感情状態を悪化させ、孤立を招きます。極端にいえば、「拡大自殺」のような犯罪の遠因にもなるとも考えられます。

4歳の子供は、人生の半分以上がマスク生活

とりわけ、この「マスクと表情」問題で、私が心配しているのは、母親の笑顔を満足に見たことのない子供たちの将来です。

不織布マスクをつけた3人の園児
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです

かつて、こんなことが起きました。第2次世界大戦中、イギリスでは、ドイツ軍による毒ガス攻撃を恐れ、国民の多くがガスマスクをつけていました。若い母親も例外ではなく、当時の赤ん坊たちは、ガスマスクをつけた母親に育てられたのです。

すると、その20〜30年後に何が起きたか――イギリスのいわゆる風俗産業で、ガスマスクをつけた女性とのプレイを好む男性が急増したのです。

彼らは、人生の最初の時期、自分を無条件に愛してくれた女性の表情、つまりガスマスクをつけた母親の顔を、性的行為の対象となる女性にも求めたのです。

さて、今、4歳の子供は、人生の半分以上をマスクをつけて過ごしてきたことになります。

8歳の子供でも、物心ついてからの半分の期間はマスクをしていたことになります。私は幼児教育にも携わってきましたが、人生のほぼスタート地点からマスクをしている子供たちが、これからどのように育っていくのか、本当に心配しています。