財布もスマホもすべてロッカーに

翌週の月曜日。いよいよ、初出社の日がやってきた。

事務所は足立区北部の駅からバスに乗り継いで20分ほどの場所にあった。

「今日からお世話になります野村です。よろしくお願いします」

奥の方から面接を担当してくれた田中さんが現れた。「あ、野村君。こっちに来てくれるー?」手には作業着と大き目のゴム手袋が握られている。

「まず、貴重品をロッカーにしまってね。鍵がかかるから全部そこに入れておいて」
「え? 財布もですか?」
「そう。財布からスマホまで全部。昼飯に必要な分は小銭をポッケにしまっておいて」

なんでここまでするんだろう。盗難の被害でもあるのか?

「前にちょっと面倒なことがあったんだよ。財布を胸ポケットに入れてた作業員がそれを汚しちゃってね」

なんでも、その作業員の手元が狂ったことで、ホースから糞尿が噴出してしまい、それによって私物の財布がオジャンになったそう。洗ってもニオイは取れないので、弁償するしないの大問題になったんだと。まったく、汚い話だなあ。

普通に考えれば、そんなものを持ってる作業員が悪いのだが、当時ロッカーにはカギがかからず、保管場所がなかったのが原因だと言い始めたそうな。それ以来、貴重品はカギのかかるロッカーで保管するのが決まりらしい。ウンコがもたらした悲劇だな。

渡された作業着に着替えて、貴重品と服をロッカーにしまう。

足立区の仮設トイレ10件を汲み取り

「うん。よく似合ってると思うよ。それじゃ、今日の仕事を説明するからそこに座って」

デスクに並んで座り、田中さんの説明を聞く。

「今日担当してもらうのは、仮設トイレの汲み取りね」

面接のときに言っていた作業だ。たしか、工事現場とかイベントの仮設トイレを回るんだっけか。

作業服に着替えた野村さん(提供=鉄人社)
作業服に着替えた野村さん(提供=鉄人社)

「行ってもらう場所はこんな感じ。ちょっと覚えておいて」

初日なので親切にグーグルマップで教えてくれた。画面には足立区全域に数カ所の印がついている。こんなにたくさん回るのかよ。

「全部でどれくらいですか?」
「うーんと、10件くらいかな」

こりゃなかなか大変そうだ。

一人の男性がやってきて、隣に座る田中さんに声をかけた。ヒゲを蓄えてワイルドな感じの風貌だ。

「田中さん。その子が今日からバイトの?」
「ああ、そうそう。こちら担当する先輩ドライバーの浜口さん。こちら野村君ね」

頭を下げて挨拶をする。

「野村です。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。もう、時間だから行くぞー」

見た目は恐いけど、なんだか頼もしそうな人で一安心だ。先輩ドライバーの浜口さんに連れられて、事務所近くのガレージに向かった。この中にバキュームカーがあるようだ。