画期的システムを生み出すにはうってつけの人材

データを打ち込む作業は董氏が行った。

パソコンに入力する手のクローズアップ
写真=iStock.com/dusanpetkovic
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董氏は、地理学と統計学に加え、地図の専門家でもあった。統計データをマッピングという手法で地図上に表示する「地理情報システム」(GIS)のソフトウェアの扱いにも心得があった。アイダホ大学の大学院に在学中は、アイダホ州政府の保健福祉局のインターンとなり、同局がGISを使って保健関連のデータを収集するのを手助けしたこともある。

ガードナー氏は、董氏のこうしたスキルを見込んで、追跡サイトの立ち上げを持ちかけたのだ。

ガードナー氏は「私は疫病の感染状況がどうなっているかを知ることに関心があり、董氏はそれをビジュアル化することに関心を抱いていた」と振り返る。

実は董氏はその数カ月前、ガードナー氏が進めていた、米国が麻疹の流行にどれほど脆弱ぜいじゃくであるかを検証する研究を手伝い、その一環で麻疹リスクのデータをGISを使ってビジュアル化する作業を手掛けていた。

董氏がこのときに完成させた手作りの「麻疹追跡サイト」は当時、米紙ニューヨーク・タイムズやCNNテレビでも紹介された。このときの実績が、董氏が新型コロナ禍という地球規模の危機に際して追跡サイトという画期的なシステムを生み出す素地になったのは間違いない。

寝る間も惜しんでデータ収集・入力に没頭した

董氏のデータ収集のソース(供給源)となったのは、主に感染の状況を伝えるウェブサイト上での情報やメディアの報道、ツイッターなどのソーシャルメディアへの書き込み、そして中国の医師や薬剤師など医療従事者向けのサイト「丁香园」(DXY.cn)だった。

丁香园は2000年7月23日に開設され、現在は全世界に300万人以上の利用者がいるとされる、世界最大級の医療関連のコミュニティーサイトだ。中国は感染の震源地である一方、信頼に足る公式データが非常に少ない。丁香园は現地の公式データを独自に追跡していたことから、他に頼るべきデータが少なかったサイトの立ち上げ当初は、特に重要な情報源となったという。

収集したデータは1日に2回の頻度で追跡サイトでアップデートした。董氏がソフトウェア企業とのインタビューなどの場で語ったところでは、追跡サイトの開設から約1カ月間の睡眠時間は1日に5時間以下で、起きているときはひたすらデータを集めてGISソフトに入力することに没頭した。

董氏が寝る間も惜しんでサイトをアップデートせざるを得ない状況となったのは、データ入力を全て手作業でやっていたためだ。