「ケチャップ」すら通用しない日々

「自分にはツールがない。ツールを身につけないと大変なことになるぞ」

帝人社長 大八木成男 おおやぎ・しげお●1947年、東京都生まれ。71年慶應義塾大学経済学部卒、同年、帝人入社。75年の米国留学から帰国後は、一貫して医薬部門を歩む。九二年医薬営業企画部長。99年執行役員、2005年常務取締役、06年専務就任。08年より現職。

これが、私が入社して最初に痛感したことです。

当時の帝人は、ちょうど創業時から手掛けてきたレーヨン事業から撤退したばかりで、繊維に代わる新しい方向性を探し始めたところでした。私は、新しい事業なら上に人がいないから、早く第一線で活躍できると思い、この会社を就職先に選びました。

もちろん、それなりに自信もありました。ところが実際に入社してみると、朝から晩まで失敗の連続です。書類の清書を任されると、自分ではちゃんと書いたつもりなのに、いくつもミスが見つかる。英語の議事録を書けば、こんなものは使えないと投げ返される。海外の取引先宛の社長のレターを私が清書したら、投函したあとにカンマとピリオドが間違っていたことが発覚し、羽田空港まで運ばれていたレターを取り返しにいったこともありました。

ほかにも経営分析や海外企業との交渉など、先輩たちが普通にやっていることが、自分にはできない。とにかく一刻も早く自分のなかにツールを埋め込まないと、活躍どころか生きていけなくなってしまいます。危機感を募らせた私は会社に掛け合って、アメリカのビジネススクールに行かせてもらうことにしました。そこで英語をマスターし、ビジネス・インフラを叩き込んでこようという腹づもりです。

もともと英語は好きでしたし、授業はフォーマル・イングリッシュなので、それほど大変ではありませんでした。ところが、ネイティブとの日常会話には最後まで苦労しました。なにしろ「ケチャップ」や「マヨネーズ」が通用しない! じつは「英語が自由自在になって帰ってくる」というのが留学の条件だったのですが、最後まで発音の問題は克服できませんでした。いまは、聞き取れない音があっても、日本人と欧米人とでは音域が違うのだから仕方がないとなかば諦めています。ただし、聞き取りができなくて特許申請に時間がかかっている間に、他国の企業に先を越されてしまうというようなケースも決して少なくないので、とくに若い人には、英語は決して疎かにすべきではないと伝えておきます。