「担当が代わるのはいいけど、店長と約束したあの件は大丈夫なんだろうね?」
ここはもう意を決するしかない。
「たいへん申しあげにくいのですが……そのお話は難しくなりました」
思っていたとおり、いや思っていた以上にお怒りの様子で、森さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「ふざけたことを言うな! 店長がいなくなろうと関係ねえぞ。こっちはお前の会社と約束して契約してんだからな!」
森さんの言うことはもっともなのだ。さらに森さんは、店長のサインが入った、打ち合わせ記録簿の控えを持ち出してきた。
「これを見ろよ。『難しくなりました』じゃねえ。お前が難しいなら、お前の上に相談しろ! 絶対に逃さねえぞ」
「悪い報告こそ早く伝えろ」とは言うものの…
その日、さんざん怒鳴られ、事務所に戻ってから、牛田本部長に報告する。
「……そうか。本社に稟議書あげるしかないか。だが、できる限り説得を続けてくれ」
「悪い報告こそ早く伝えろ」が口癖の本部長も、悪すぎる報告は迷惑なようである。ここからが私の地獄の始まり。夜7時をすぎると私の携帯に森さんからの電話がかかってくるようになった。
「どうなってるんだよ? 話は進んでるのか? 上司はなんて言ってる? お前はどう上司に説明してるんだ? もともとこの話はな、店長が……」
話しながら酔いがまわるのか、後半になると呂律がまわらない状態で、1時間言いたいことを言うと切れる。打つ手のないサクラホーム本社も状況を引き延ばす。その間、私は毎日1時間同じ話を聞かされることになるのだ。
そして、森さんの着工があと1カ月後に迫ったタイミングで、やっと本社が重い腰を上げてサービス品の対応を特例で実行することになった。金額が大きすぎて、社長決裁案件として処理されたようである。
企業というのは大きくなればなるほど、風通しが悪くなる。一社員は上司に報告しづらいし、その上司も本社に報告しづらい。そして本社の人間も社長には報告しづらいのだ。ふと、私の机に置いてある「社長語録」の日めくりカレンダーに目をやる。
〈木材より人材〉
今日に限ってなんとも私をイラつかせる社長のお言葉である。