「幻想を退け、真理をとらえよ」

次は芸術論である。プラトンは「都市から詩人を追放せよ」と言い放った。

『国家』第十巻で、彼は寝台を写実的に描いた絵とイデアの寝台とを比較している。寝台を描いた絵画は、現実の寝台よりもさらにイデアの寝台から遠いものであるという。現実の寝台には少なくとも機能がある。上で寝ることができる。「真理から一段階遠いもの」つまり、理想の寝台という概念から一段階遠いものということだ。真理ではないが、実用性はある。実用に耐える寝台を造らねばならない以上、職人もある程度は、寝台の本質に忠実であろうとするだろう。

だが、芸術家が寝台の絵を描く場合は違う。彼らは、一つの角度、一つの色彩に固定された特定の寝台を思うがままに描く。よって、芸術は、「真理から二段階遠いもの」となる。描かれた寝台は、寝台の本質から乖離かいりしているうえに、実用性もない。芸術家は真理を尊重しないし、その作品には必然性もない。芸術家には、ある種の「気まぐれ」が許されており、彼らは傍若無人にふるまう権利、似非自由を謳歌する。

芸術とは幻想なのだ。これは寝台だと思い込ませることで、真理も実用性も考えず、見る人を楽しませるだけのものがプラトンにとっての芸術である。

実際のところ、プラトンは同時代の芸術家たち、だまし絵の技術を競うような画家たちに対して怒っていたのだ。そのうちの一人、ゼウクシス〔紀元前五世紀の画家〕は、岩の上に本物そっくりのブドウの絵を描いたところ、鳩が間違ってついばもうとしたと言われている。

少数派であった文学的な哲学者プラトン

だが、たとえ、プラトンの芸術批判が本気のものであり、その後連綿と続く哲学者による芸術批判の口火を切るものだったにしろ、プラトンは芸術、とりわけ詩について複雑な思いを抱いていた。若き日のプラトンは一時的とはいえ詩人になろうとし、厳密な意味での哲学的議論に加え、神話や画像、寓話などもしばしば引用している。要するに、プラトンは本当の意味での「作家」であり、プラトンのように文学的な哲学者は実は少数派なのである。

プラトンは、『ソピステス』のなかで、だまし絵的な芸術ではなく、複製の技術であるとしてエジプト芸術を擁護し、持論に含みをもたせている。少なくとも実物の比率を「忠実に再現」しようとしていると評価しているのだ。