2012年に逮捕された自称「東大出身の医師」の男は、出会い系サイトで再婚相手を探す40代の女性3人から、1500万円以上を騙し取った。男はなぜ結婚詐欺師となったのか。ノンフィクションライター諸岡宏樹さんの『ルポ性暴力』(鉄人社)より、事件の意外な背景を紹介しよう――。
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自称薬学博士がPRする「宝永石」の効果

事件の数年前のことである。岐阜県各務原市で健康食品会社を営んでいた橋本純(49)は、『不思議な波動の石で、もう病など怖くない』という本を読んだ。監修者は京大医学部卒の薬学博士を名乗る久郷晴彦。「ゲルマニウムを含有する『宝永石』はミネラル成分100%で、ガン細胞の増殖を抑えるインターフェロンを体内で産出させる」という内容だった。

橋本は興味を持ち、本の巻末に記載されていた研究所に連絡を取り、静岡県で開かれたセミナーに参加した。そこにはガンに苦しむ人たちが大勢いた。

「本来、人間には自然治癒力がある。現代医学や健康食品に対する考え方を見つめ直して、自分の病気は自分で治すんだという気持ちを持っていただきたい」

橋本は感銘を受け、そのセミナーで配られたサンプルを服用してみたところ、子どもの頃から悩まされていた目の病気が治ったような気がしたのだ。

これはおそらく「プラシーボ効果」といわれるもので、医者が「この薬は非常に効果がある」と言えば、患者はさも薬が効いたような気になって、実際に調子が良くなることがあるというものだ。だが、橋本はそうは考えなかった。

「これはすごいものだ。商品化したら飛ぶように売れるだろう。自分が代理店になれないだろうか?」

客からは苦情が寄せられ、行政からは警告も

橋本は再びセミナーの事務局に連絡を取り、その旨を申し出ると、宝永石からゲルマニウムを抽出する専門家として、「東大卒の工学博士」を紹介された。「ある程度まとまった量でないと、ゲルマニウムを抽出できない」という説明から、宝永石の粉末80キロ分をまとめて購入する契約を結んだ。その粉末は「宝永石ミネラル」と名付け、5グラム3万5000円で売り出すことにした。

〈この宝永石ミネラルはガン、肝硬変、糖尿病の特効薬となるものです。薬学博士が実証済みです。驚異の治癒力を体感してください〉

ところが、購入した客から「効果がない」「お腹を壊した」という苦情が寄せられるようになった。その相談を受けたという医師からは「この粉末にはゲルマニウムは含まれていない」と指摘された。岐阜県薬務課からも「これは医薬品に該当します。薬局の開設許可がないなら、販売をやめるか、HPを閉鎖するか、どちらかにしてください」という警告を受けた。

慌ててセミナーの事務局に連絡したが、関係者への連絡は一切つかなくなっていた。騙されたのだ。橋本には不良在庫だけが残った。