悩みが頭から離れない時は、どうすればいいのか。明治大学教授の齋藤孝さんは「熱中できるものがあれば、その間は悩みや心配を吹き飛ばすことができる。疲れているならYouTubeを見るのもいい」という――。

※本稿は、齋藤孝『60代からの幸福をつかむ極意』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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「熱中できるもの」は幸福の条件の一つ

先の東京オリンピック・パラリンピックは、日本人選手の活躍も目立ちました。とりわけ注目を集めた一人が、今大会で初めて採用されたスケートボード競技で金メダルを獲得した四十住よそずみさくら選手でしょう。

競技後、私がコメンテーターとして出演したフジテレビ系の報道番組「イット!」でお話を伺う機会があったのですが、その発言がたいへんユニークでした。

まず四十住選手にとってスケートボードはどういう存在かと問われて、「彼氏です」。その回答に乗せて「では金メダルを取られたので、もう結婚して夫になりましたか」と質問すると、「なりません。スケボーは3カ月ぐらいでどんどん取り替えるので」。彼氏ならどんどん取り替えられるという発想に、私はつい笑ってしまいました。

続いて私が一般的な質問として「大会までの悩みや心配ごとは?」と尋ねると、「まったくないです」とのこと。さすがに世界の頂点に立つ方のメンタルは、常人とは違うようです。競技そのものが楽しくて仕方がないので、余計な悩みなどを抱えることもないのでしょう。

このスタンスは、私たちもおおいに参考になると思います。今から金メダルを目指すのは無理としても、何か熱中できるものがあれば、少なくともその時間は世事の悩みや心配を吹き飛ばすことができる。これも幸福の条件の一つになり得ます。

「研究者」こそ最も幸福である

この点について、ラッセルは「科学者」こそ最も幸福であるとしています。とにかく研究に没頭することにより、〈情緒的には単純で、仕事に深い満足をおぼえている〉からです。

それに、現代社会において科学の発展は不可欠なので、科学者の重要性は〈彼ら自身にも一般人にもつゆ疑われていない〉。たとえ研究の中身が誰にも理解されていなくても、世間から寄せられる尊敬の念は変わりません。だから、複雑な感情を持つ必要がなく、仕事に邁進できるとしています。

金メダリストと同様、今さら科学者への道も厳しいかもしれません。しかし、興味の赴くままに、何かの調査や研究に没頭することは可能です。例えばTBS系の「マツコの知らない世界」という番組があります。マツコ・デラックスさんを相手に、ある分野に異常に詳しい方が出演してその奥深さを語るというものです。対象は「冷凍食品」とか「蚊」とか「苔」とか「受験参考書」とか。身近なものでも、実はたいへんな世界観があることに驚かされます。

こういう研究は、入り込むほど面白くなり、抜け出せなくなるはずです。ラッセルによれば、それはある種の“友情”に近いとのこと。人を好きになることが幸福の最大の源であるとした上で、〈地質学者が岩石に対し、考古学者が廃墟に対していだく興味には、どこか友情に似通うものがある〉と指摘しています。四十住選手がスケートボードを「彼氏」と呼んだのも、これに近いかもしれません。