どうすれば世界遺産・京都を守ることができるか
そもそも京都の財政悪化は、仏教側の責任ではない。財政改善の策として、寺社に課税する議論は筋違いというものだろう。仮に古都税を復活させても、寺社や門前町が活性化することはないのは、過去に証明済である。むしろ先の無電柱化のように、地域の付加価値を上げる取り組みを急ぐべきではないか。
他方、寺社側も非課税という「聖域」を守り通せる時代ではないのも確かだ。宗教法人の固定資産税の免除は致し方ない。寺院や神社の固定資産に対して課税されると、多くの寺社は崩壊してしまうことは自明だからだ。しかし、拝観料課税については、致し方ない面はありそうだ。
そもそも拝観料が非課税なのは、拝観が宗教的な行為であり、賽銭と同じ「喜捨(布施)」扱いとされているため。宗教的行為とは祈りや弔いなどを通じて、人々に寄り添い、ひろく社会の安寧に寄与すること。ただ、拝観寺院の中には、人々のための祈りの場という要素は全く感じられず、商業施設となんら変わらないようなところも少なくない。拝観寺院のあり方も、考え直す時機にきていると思う。
ある京都市内の住職は、「一般社会からは、寺や神社がやっていることが見えづらいことで、不満が鬱積している面はある。寺社が社会の役に立っていることを伝える方策として、京都の財政改善に一役買うべき」と話す。
また、別の拝観寺院の住職は「重要文化財などを抱える寺院は宝物の管理、維持には膨大なコストがかかり、補助金は一部のみ。税金を払うことを惜しむつもりはないが、寺社を後世に受け継いでいけるような施策を整えてほしい」とも語る。
近年の京都の拝観寺院は、観光客ばかりに目を向けているが、それでは地元の心が離れてしまう。市民が「地域の寺や神社は必要な存在。地元京都の人間が護持し、盛り上げていきたい」といえるような、関係性を築いていくことが肝心だと思う。