「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一は、経済活動には公益性が欠かせないというのが持論だった。その真意はどこにあったのか。渋沢栄一の玄孫で実業家の渋沢健さんに、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が聞いた――。(後編/全2回)

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「渋沢栄一が、激変する今の日本社会に伝えるメッセージとは。」(2月25日公開)を再編集したものです。

スーツのポケットにお金を入れる男性
写真=iStock.com/Atstock Productions
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日本経済、経営の多くを学べる渋沢栄一の『論語と算盤』

【田中】渋沢さんは今では岸田首相とも接点がおありで、首相自ら議長となって設置した「新しい資本主義実現会議」のメンバーでもいらっしゃいます。今回重要なタイミングで天命を受けたということでしょうか?

【渋沢】そういう意味ではおもしろい展開ですね。政治家にマーケットの資料を送る中で、『論語と算盤』の話をし始めたのはいつだったか……。

【田中】渋沢さんからいただくメールの中に『論語と算盤』が登場したのは、10年ほど前からではないでしょうか。

渋沢栄一

【渋沢】私が渋沢栄一の『論語と算盤』の紹介を始めたのが2004年の夏でしたが、同じぐらいのタイミングだったかもしれませんね。シブサワ・レターを送りはじめた1998年にはまだ『論語と算盤』を読んでいませんでした。読まなければと思っていましたが、当時の私の日本語力では理解できなかった。

しかし、とある方から中国古典に精通している守屋淳さんをご紹介いただき、それから『論語と算盤』の読書会を始めました。これが2004年でした。さらにリーマンショックの起こる少し前に、当時ローソンの社長であり、経済同友会でご一緒していた新浪剛史さんにお声がけいただいて、若手経営者との勉強会を始めたのです。

読書会・勉強会というと渋沢栄一が考えていたことを学ぶ場になりがちですが、新浪さんクラスの経営者となると『論語と算盤』に啓発されて自分の意見がどんどん出てくることに気づきました。

【田中】内容が経済、経営そのものですからね。

【渋沢】はい。それが今の「論語と算盤」経営塾のゼロ期ですね。『論語と算盤』を題材に、さまざまな人たちと対話を重ねることができることに気づきました。「論語と算盤」経営塾は2008年に開始し、今年で14期ですが、毎回自分にも学びがあります。

【田中】『論語と算盤』の中で、14年前と比べて読み方や解釈が変わったところはありますか?

結果平等ではなく機会平等な社会

【渋沢】前編でも出てきた「大丈夫の試金石」という言葉については、最初はあまりピンと来ませんでしたが、何度も読み返すうちにとても重要なことを言っていると気がつきました。

【田中】読むたびに新たな気づきを得ることが多い1冊ですよね。

【渋沢】最近で言うと、「新しい資本主義実現会議」が始まったとき「成長と分配の好循環」という言葉のなかで、分配という言葉だけがひとり歩きしてしまったことがありました。これは栄一的に意味合いが違うのではないかと思い『論語と算盤』を再度調べてみたら、「算盤と権利」という章の中の「ただ王道あるのみ」という部分で「富の平均分配は空想だ」と言い切っているのです。要は、結果平等はおかしいのではないかと言っているわけです。