碩学の井筒俊彦氏曰く、「かつて露西亜人は世界の各国の基督教徒の中でも比肩するもののないほど素朴で敬虔な信者だった。然るにその彼等が、革命の勃発と共に、世界宗教史上例のない冒涜の限りをつくして基督を否定し神を誹毀した」

「鳩のごとく柔和なロシアの人間がひとたび激情に攪乱されると、あらゆる既成秩序をぶち壊し、ドストエフスキーではないが、『無辜なる民の血をまるでシャンパンのように流しつつ』荒れ狂う残忍で狂暴な人間に変貌してしまう」

本書でも凄惨な歴史が語られている。ロシア革命後のロシアでは、スターリンによる1000万人単位の大粛清、数百万の犠牲者を出した飢饉に見舞われた。それは災難ではなく、農民に対して、支配者は誰かを見せつけるために意図したものだとされている。「非人間的で想像を絶する悲惨さ、恐るべき災厄」とは、飢饉による大量抹殺のあったウクライナを訪れたパステルナークの言葉である。

その1930年当時、著者の祖父ボリス・ビビコフは、ハリコフのトラクター工場建設に邁進し、献身的な努力によって、工場幹部から共産党の有力な若手として党幹部の道を歩む。だが飢饉の猛威を前に、34年1月、党大会で代議員としてスターリンの強硬路線に疑問をもつ。

著者の母リュドミラは、ビビコフが党大会から戻ってすぐに次女として生まれる。12月、ビビコフは負けを知り、37年死刑となる。17回党大会に出席した1966人の代議員のうち、1108人が粛清された。

幼い娘2人のその後は、犯罪者の子供として孤児収容所に収容される。転々と過酷な流転が始まると、今度は、ナチとの戦いが始まり、弾薬が飛び交い、無数の死者が横たわる氷のような原野を彷徨う。

奇跡的に生き延びたリュドミラは、戦後、その才能によって、国立モスクワ大学から、マルクス・レーニン主義研究所で働き、大学では著者の父となるイギリスの外交官マーヴィンに出会う。結婚を誓ったものの、KGBの勧誘を断ったマーヴィンは国外退去となる。6年にわたる書簡のみの愛の高揚、リュドミラに会うための、マーヴィンの徒労に終わる様々な画策が、本書の原題にある「Three Generations of Love and War」が、2人の書簡を通じて、詳述される。

2人の子である著者も、ロシアに赴く。ゴルバチョフからエリツィンの時代、チェチェンの戦争の現場を報道。現在はニューズウィークのモスクワ支局長を務め、妻はロシア女性である。

歴史的な事実を背景に、3代にわたる家族の記憶を語ることで、20世紀のロシアを語ろうという試みは、読み始めると、人を離さない感動を与えるものだ。それにしても、「ロシアは普通の秤では測れない」といわれるように、ロシアを理解することは難しい。