「計画」も「目標」もいらない

過去を反省しないタモリは、未来に対する展望も持たない。

「人生成功せにゃいかん、ナンバー1にならなきゃいかん、それには何歳までにこういうことをやっておかないといかん(笑)。ダメだよ、それじゃあ。苦しくなるから」[8]「ご利用は計画的に」と消費者金融のCMで呼びかけているタモリだが、実はそれは自身の考え方とは真逆なのだ。

「計画」を立てないタモリは「目標」も作らない。岡村隆史に「30歳でデビューして、この世界で天下とってやるんだ! という気持ちはなかったんですか」「大きなビジョンとかもなかったんですか。『タモリの~』という冠番組やろうとか」と矢継ぎ早に問われた時も、タモリは「あんまり思ったことはないね」と笑う[8]

「結構大変だったんだよ。俺、30歳で芸能界に入って『いいとも』が始まったでしょ。だから、毎日その日その日のことをやっていかないといけなくて。将来の夢なんていうのは、ほとんど考えられなかったね」[8]

MANZAIブームの時は「俺なんかまったく顧みられなかった」と述懐する。そうした番組に呼ばれはしても、周囲にはまったく期待されていない。

「そしたら、なんだ? と思わせるような、難しいことをやるしかないんじゃないか」「ちょっとした反骨心もあるからね。何が漫才だ、という気持ちで、ウケないのが気持ちいい。お前らどっちみちわかんないだろうって」と、「誰でもできるチック・コリア(ジャズ・ピアニスト)」などの芸を披露していた[8]

ハングリー精神なんて邪魔

やがて37歳で「いいとも」が始まり、約1年で軌道に乗った。しかし自分はすでにその年齢を過ぎてしまった──と嘆く岡村に、タモリは「だから、そういうふうに考えないのよ」と諭す。

「他のことに興味が出てくると、ちょっとは自分を見る見方も変わってきて、それは余裕になると思うよ」と[8]。そしてこの岡村との対談の前年に行われたインタビューでは、もっとはっきりと、このように述べている。

「ハングリー精神なんて邪魔。この世界ハングリー精神じゃダメだと思うんですけどね。笑いなんか人間の精神の余分なところでやってるわけでしょ」[9]