38歳の男性の生い立ちは壮絶だ。いじめが原因で学校に行けなくなったが、公務員の父親と会社経営者の母親はそれを受け入れず、暴力を繰り返し、食事を与えなかった。2人の兄もそれを見て見ぬふり。虐待に耐えられず、男性は何度も自殺を試みた――。
ある家庭では、ひきこもりの子供を「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように被害者の家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーは生まれるのか。具体事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破るすべを模索したい。

今回は、小学校5年生の時のいじめをきっかけにひきこもり始めたという、現在38歳の男性の事例を紹介する。彼はなぜひきこもらなければならなかったのか。「家庭」という密室から、どのようにして抜け出すことができたのか。

百人一首練習会で始まったいじめ

関西地方出身の山添博之さん(現在38歳)は公務員の父親と、園芸用品店を経営する母親のもとに三男として誕生した。両親の関係や、12歳上の長兄と6歳上の次兄の仲はよく、ケンカをしているところを見たことは一度もない。

だた、なぜか長兄だけが山添さんに対して、小さい頃から「否定的かつ攻撃的」だったという。自宅で友達とファミコンをして遊んでいたところ、突然「うるさい!」と言って本体ごと窓ガラスに投げつけたこともあった。

それでも小5までは、平穏な日々を過ごしていた。

当時、山添さんが暮らす地域では、子供たちの交流を目的に週に3〜4回百人一首の練習会が開かれていたが、小5のある日を境にそれは始まった。同じ小学校の同級生の男子から、百人一首を読む役を強引に押し付けられ、「早く読めや」「さっさと段取りしろ」と脅されたり小突かれたりするようになったのだ。

「いじめ首謀者は、父親の社会的地位が高く、1億円以上する豪邸に住んでいるということで、地域では一目置かれた存在でした。それをいいことに、普段から弱そうな人を脅したり、暴力を振るったりしているなど、悪さをいろいろしているとの噂があり、私も犬の散歩中にエアガンで撃たれたことがありました。当時、私は学校でも目立たないおとなしい生徒で、それなりに友達はいましたが、人と言い争いやケンカをしたことはありません。だからいじめ首謀者は、気が弱くて抵抗しそうにない私に目をつけたのだと思います」

プラスチック製のエアソフトガン
写真=iStock.com/Suradin
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いじめ首謀者は、練習会のたびに子分的な存在の下級生や取り巻きなど数人で山添さんをいじめてきた。はじめは悪口や罵倒などの言葉の暴力だけだったが、徐々にエスカレートしていき、殴る蹴るの暴力に発展。首謀者たちは、大人のいる空間ではまるで仲の良い友達のように接し、大人の目が届かなくなると途端に暴力を振るい始めるのだった。