移住してきた彼らは私たちなのです
その後、アーダーンは国防軍の飛行機でウェリントンに飛んだ。フライトのあいだ、スマホで原稿の準備をした。夜にはもっと長い発表をすることになる。
午後5時52分、アーダーンは世界にむけたメッセージをツイートした。「クライストチャーチで起こったのは、前例のないほど恐ろしい事件です。このニュージーランドで起こるはずのない事件です。
被害にあわれたのは移民のコミュニティの方々ですが、もちろんニュージーランドは彼らのホームであり、彼らはわたしたちなのです」続けて、クライストチャーチの人々にむかって安全に過ごしてくださいと呼びかけ、この件でまた会見を開くと約束した。
あれほど活発にツイートしていたアーダーンが、すっかりそれをしなくなった。例外は5月にオーストラリアの元首相ボブ・ホークが逝去したときに追悼のメッセージを書いたときくらいだ。そのため、2019年の終わりになっても、3月15日に書いたメッセージがツイッターの個人ページの上のほうに残っていた。みる人はみな、事件の大きさをあらためて思い知る。
アーダーンがウェリントンに向かっているあいだに、保安情報局、保健省、民間防衛団、警察などの幹部がウェリントンに集まり、事件への対応策を協議していた。
憎しみではなく愛を、厳しさではなく優しさを
アーダーンがビーハイヴ(閣僚執務棟)に入ると、武装警官隊がその入り口を固めた。ニュージーランド国民がめったにみない光景だ。クライストチャーチでは、何十人もの武装警官がモスクのまわりに配置されていた。それから3日間は、全国のモスクに武装警官の監視がついた。
午後7時を少し過ぎた頃、アーダーンは国民にむけて公式の声明を発表した。少しでも早く、起こったことを正確に説明する必要があった。「本当に残念なことですが……40人の尊い命が、この過激きわまりない暴力によって奪われました。今回の事件がテロリスト攻撃であることは間違いありません」
シンプルな説明だった。白人至上主義の男が単独で、2カ所の宗教施設を襲撃した。たしかにテロだ。しかし、白人至上主義者たちの動きは世界的にも活発化しているのに、その危険性を気にかけない人や軽くみている人が多い。
アメリカでは、白人男性単独による銃乱射事件は、“殺人者”と呼ばれはするが、テロリストとは呼ばれない。テロリストという言葉は、非白人に対してのみ使われる。残念ではあるが、白人男性がテロ行為をおこなったとするアーダーンの明確な言葉は、いままでにないものだったのだ。
その時点では、犠牲者の数はまだはっきりしていなかった。「複数の犠牲者」としか報じられていないので、そこまで多くはないのかもしれない、そうであってほしい、とだれもが思っていた。アーダーンが40人といったので、人々の心は沈んだ。
「この犯人のような過激な思想を持っている人は、ニュージーランドには絶対にいてほしくありません。いえ、世界のどこにもいてほしくありません」落ち着いた口調だった。用意した原稿を読むのではなく、前をみて続ける。
事件の詳細や動機がまだほとんどわかっていないこと。どうして犯人が当局に目をつけられていなかったのか。犯人はどうやって銃火器を手に入れたのか。こういった疑問は一刻も早く解明されたほうがいい。
しかし、ニュージーランドの現代史上最悪の事件が起きてから6時間後、アーダーンが国民にむけて強調したのは、憎しみではなく愛を、厳しさではなく優しさを、という言葉だった。犯人のことにはほとんど触れず、被害を受けた人々に語りかけた。
「わたしたちの思いと祈りが、今日、被害を受けた人たちに届きますように。クライストチャーチは、被害を受けたみなさんの街です。そこで生まれた人は少ないかもしれませんが、みなさんはニュージーランドに住むことを選んだのです。ニュージーランドに住みたいと思い、ニュージーランドにかかわっていこう、そこで家族を育てよう、そう決めたのです。移民もコミュニティの一員です。移民のみなさんはコミュニティを愛し、コミュニティも移民のみなさんを愛していることでしょう。そこは安全な場所でなければなりません。それぞれの文化と宗教が尊重される場所でなければなりません」