以前、経営が傾いてM&Aでわが社の傘下に入った会社の幹部に、次のような話をしたことがある。

――ホテルの客室のドアは、最近ほとんどが自動ロックになっているが、そのメーカーの人に聞いた話によると、自動ロックも人が作ったものだから、何百回、何千回に一度ぐらいの割合でロックがかからないことがあるという。そういう話を聞いて、わずかな確率だから大丈夫だと思って気に留めないような人が一人でもいるなら、この会社は再度倒産するだろう。それならば、これからは必ず気をつけて確認しようと全員が思うなら、必ず再生できるはずだ――

不測の事態に備えること、自分だけは大丈夫だと思わず、つねに「まさか」を想定して手を打っておくこと。そのことの大切さを私はこのような話を引き合いに出して説いたのである。

ビジネスの人々
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素早く、粘り強くチャンスをつかみ取る

先に挙げた“基本精神”のうち、「必ずやる」というのも大切なことである。先に述べたとおり、創業当時は、いくら営業をしても、仕事を発注してくれる会社はなかった。

日本企業は系列や実績を重視するために、できたばかりの零細企業が入り込める隙間がなかったのだ。

それならばと、アメリカに活路を求めた。自由と平等の国である。実力さえあればチャンスを与えてくれるに違いないと踏んだのである。単身でアメリカに渡った私は、ニューヨークの空港に着くと、すぐに電話帳をめくっていくつかの企業に電話をかけ、面談を申し込んだ。

そのなかの会社の一つに、大手化学・電気素材メーカーのスリーエム(3M)社があった。当時、同社が製造していたカセットテープを高速でダビングできるカセットデュプリケータの小型化を模索しているという情報を得て、それに用いる小型モータのサンプルを持参したのだ。

スリーエム社の技術部長は、私が持ってきたサンプルのモータを手にとって、「性能を落とさずに、どこまで小さくできますか」と聞いてきた。私は迷うことなく「三割小さくします」と即答した。

帰国した私は工場に何日も泊まり込んで、スリーエム社の望む製品を生み出すべく、必死の努力を重ねた。

問題はできるかどうかではない

はたして半年後、パワー、スピード、回転数、ノイズ、耐久性などあらゆる性能を満たしたまま、サイズを三割小さくしたサンプルを完成させることができたのだ。私はそのサンプルを手に再び渡米した。

スリーエム社の技術部長は、「本当に作ったのか」と目を見開いて驚き、「すばらしい」と絶賛しながら、サンプルをなで回した。そして、その場で千個の注文をくれたのである。

この受注をしたことで、日本電産の評価は急上昇し、ほかの日本の会社からも注文をもらえるようになった。会社の成長につながるよい流れをつかむことができたのだ。