SNSを使えば「低コスト」で「匿名性が高い」

では、なぜ精子提供者を探すのにSNSを使うのだろうか。

子供ができない夫婦が子供をもうけたい場合、第三者からの精子提供を受けて人工授精するAIDと呼ばれる治療がある(※)。しかし費用が10万円ほどかかるだけでなく、対象が法律婚の夫婦に限られ、同性カップルや選択的シングルマザーなどはそもそも対象にならないという課題がある。

(※)無精子症など絶対的男性不妊の場合に適用される方法

そのほかには、海外の精子バンクや親族などからの提供も考えられる。しかし海外の精子バンクは渡航費や病院費用などのコストが高額になる上、提供者が日本人ではない。また、親族からの提供もスムーズに行くとは限らない。

さらに、2018年にAID治療の大半を担ってきた慶應義塾大学病院が、精子提供者不足を理由に新規患者受け入れを中止したことも影響している。その他、国内各地にあるAIDを行う12カ所ある日本産科婦人科学会登録施設のうち、少なくとも6施設は新規受け入れを停止中だ。

提供者が不足する背景には、子供の出自を知る権利、つまり親を知る権利の広まりがある。情報開示請求によって子供から親が特定されるなど、ドナーの匿名性が保たれなくなる可能性が出てきているのだ。

一方、SNSならば無償をうたっていることが多く、かかっても交通費や検査費用など実費程度。受け取った精子はシリンジで注入するため、費用もほとんどかからない。匿名性も高く、最後の手段としてSNSに頼る人が増えているのだ。

スマートフォンを使用する女性の手元
写真=iStock.com/Maria Argutinskaya
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性感染症や遺伝病、性被害のリスクも

しかし、匿名性の裏返しで個人情報や本心を偽ることが容易なため、SNSで精子提供を募るリスクは当然大きい。

まず、医学的なリスクだ。たとえば病院では性感染症などの検査をするが、SNSでは自己申告制のため、性感染症やHIV、肝炎などに感染するリスクが考えられる。ドナーがある種の遺伝病を持っていた場合、子供に遺伝する可能性もある。

また病院では近親婚を防ぐため、1人の提供によって生まれる子供は10人までという指針があるが、SNSでは制限がないため、近親婚につながるリスクも高くなる。

依頼する女性側には別のリスクもある。「提供者に性行為を強要された」「盗撮されそうになった」といった性被害だ。タイミング法を試した後に、提供者側から「精子提供のために性行為をしたことを周囲にばらす」と脅された例もあるという。

提供者側が自分の子供だと主張して生まれた子供の養育に介入してきたり、逆に提供者が子供から認知を求められ、扶養義務などを負う可能性も否定できない。