現場に行くことで、はじめて理解できること

各部署の師長が集まる師長会議も、体をなしていなかった。

「せっかく集まっているのに、論じる議事が決まっていない。ただ、集まって現状をしゃべっているだけ」

そしてこうも思った。こうすべきであると言ったとしても、みな理解しないだろう、と。

まずは、津山第一病院の師長たちを車に乗せてとりだい病院に連れて行くことにした。彼女たちにとりだい病院の師長会議を見せることにしたのだ。

「3、4人づつ、師長会議に陪席させてもらった。そうしたら、こんな風にみんな意見を言って、色々なことを検討しているんですねって。目標管理もちゃんとしなきゃいけないということを少し分かってくれた」

さらに、とりだい病院の認定看護師に津山第一病院まで来てもらって、研修を実施した。すると学びを渇望していた看護師たちが病院を変えはじめた。

一年後の2015年4月、中村はとりだい病院に看護部長兼副病院長として戻った。その後も両院の交流はずっと続いている。

スマートホスピタルになっても看護の本質は変わらない

撮影=中村治

今、中村が最も心を砕くのは、約900人のとりだい病院の看護師たちの力をいかに引き出すか、である。

「師長をしている時の面談で、将来何をしたいのって聞くと、何も興味がない、逆に、何をしたらいいでしょうねぇなんて聞かれることがあります。そこでこれまで看護師をやってきて、印象に残った出来事はあるか尋ねると色々と話してくれる。

やはりがんの患者さんに苦労したという話は多いです。あなたはもしかしてがんの看護に興味があるんじゃないのとかいうと、ずっと心に引っかかっていたんですという答えが返ってくることもあります。じゃあ、そっち方面の勉強をしたらどう、って」

看護師の日常は多忙であり、肉体的、精神的にも疲弊しがしちだ。

「日々、仕事が忙しいと帰ってきて、ああ疲れたで終わってしまう。看護についてどう考えているのか、患者さんについてどう思うか。あるいは、患者さんと接して嬉しかったこと、悲しかったことを他人と話すことで、自分について改めて知ることもありますよね」

ある若い看護師が、学生時代の実習について話してくれたことがあった。

「自分では何もできていないと思ったけど、あなたが毎日来てくれて良かったと言われて嬉しかったと。(若い看護師が)何も興味がないっていう答えが返ってきたら、はいそうですか、と打ち切るのは簡単。でも話をすれば、何を大切にしているのか分かる」

とりだい病院の原田省病院長は10年後の新病院建設を見据えて、IT技術を多用し、医療の質を向上させる“スマート・ホスピタル”を掲げている。

スマートホスピタルの中で看護師はどうあるべきか。

「AI(人工知能)を利用すること、働きやすい病院ができることはすごくいい。今後さらに人手不足が進むので、技術でそれを補うのは当然の流れでしょう。でも、モニターばかり見て、患者さんをみないとか、機械に振り回される看護師にはなって欲しくない。

技術がどんなに発達しても、ロボットですべてがまかなえるはずがない。患者さんと目を合わせて挨拶する、笑いかける、体をさすってあげる、そして患者さんの状態に合ったケアを行う。そうしたことは看護師にしかできない」

そこにいるだけで気持ちが安らぐ。まさに中村がかつて体得したことである。どんなに新しい技術が医療に導入されたとしても、こうした気持ちの部分だけは変わらないと中村は確信している。

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 9杯目』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 9杯目』

中村がとりだい病院に入職したとき、原田は若手産婦人科医だった。二人は、互いの蒼い時代を知る仲である。将来、原田が病院長、自分は副病院長として病院を支えることになるという予感はあったかと尋ねると、中村は弾けるように大きな声を上げて笑った。

「そんなこと思うわけないじゃないですか。ほんと、私は遊んでばかりだったんですから。原田先生も病院長になるなんて思ってもいなかったはずですよ」

かつて中村は、自分は一人っ子で甘やかされて育ったので、看護師に向くはずがないと思い込んでいた。その自分が、とりだい病院で約900人の看護師を束ねている。人はどのように成長するか分からない。誰と会い、何を学ぶかが、大切なのだと中村は考えている。

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