「マーガリンはピンク色に着色せよ」という法案まで登場

アメリカでマーガリンが登場してからおよそ10年後、1880年代に入ると、多くの州政府は、マーガリンの色に特化した規制を敷くようになった。これらの規制は、通称「反着色法(anti-color law)」と呼ばれ、例えば1886年に全国で初めて色によるマーガリン規制を導入したニュージャージー州は、「バターに似せた」色で着色したマーガリンの製造と販売を禁止した。

1898年までに26の州で反着色法が成立し、ヴァーモント州やニューハンプシャー州など一部の州では、着色そのものを禁止するのではなく、マーガリンはピンク色に着色して販売しなければならないという法案まで出された。

ショッキングピンクのインク
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従来のマーガリン規制では、色によらずマーガリンとして製造されたものは全て規制対象となっていた。だが、前述の通りバターとの見分けのしづらさなどから、取り締まることが難しかった。そのため、マーガリンの見た目(色)が明らかにバターと異なるように生産・販売させることで区別しやすくするとともに、マーガリンの販売を抑止する効果を狙ったのである。当時販売されていたマーガリンのほとんどは黄色く着色されていたため、実質的にマーガリン業界全体の規制につながると考えられていた。

これは、バター業者も政府関係者らも色の市場価値や有効性、さらには色が競争力を高めも弱めもする武器となりうることを理解し、それを規制手段として用いたことを意味している。

食べ物の色は政治的にも規定されてきた

こうした政府規制は、裁判所の判決によってその正当性や合憲性が認められることとなった。1894年、合衆国最高裁判所は、バターに見えるよう着色したマーガリンの販売を禁止する州法は合憲であると判断した。判決では、マーガリンは「バターの模倣品」として「人工的に着色」されたものであり、本来その「自然な」色は「薄い黄色」だという認識が判断の基準となった。

一方、少数派であったものの、この判決に反対票を投じた判事の一人は、マーガリンの「自然な色」はそもそもバターと同じ色であるとして、バターも人工的に着色して販売されているためマーガリンの着色のみ規制すべきではないと主張した。

ここで興味深いのは、判事らの間でマーガリンの色がバターと同じか否かという点では意見が割れたものの、そもそもバターの「自然な」色は濃い黄色であるという前提では一致していたことである(バターは必ずしも黄色ではないにもかかわらず)。さらに、この判決では人工着色すること自体は争点にはなっておらず、またそれが違法だという見解も出ていない。つまり、19世紀末の時点ですでに、食品を人工的に着色することは、食品の生産過程において合理的かつ必要なプロセスだと認識されていたということである。

黄色い(バターを真似た)着色の規制は合憲とされた一方、マーガリンをピンク色に着色することを定めた法律は違憲であるという判決が1898年最高裁によって下された。マーガリンを「自然な状態」ではない色にすることは強制できないとし、ピンク色のマーガリンが市場に出回ることはなかった。

ただこれも、マーガリンの「自然な」色が何であるのかを裁判所が判断を下した一例として興味深い。どのような色が法規制の対象となりうるのかや、マーガリンの色がいかに規制されるべきなのかを、政府そして裁判所が判断したことは、食べ物(この場合はマーガリン)のあるべき色が生産者や市場によって決められるだけでなく、政治的にも規定されてきたことを示唆している。