スコット隊はデポの量、質ともに完敗

しかし、スコット隊の敗れた最大の理由は、なんといっても極地に対する全般的な体験の浅さや、寒地での訓練不足であろう。イギリス隊も少し犬をもっていたとはいえ、ノルウェー隊のように自由に駆使するほどなれていない。スキーとなると、イギリス隊は南極で初めて習った者もいるほどで、ゲタのように使いこなしているノルウェー隊とは雲泥の差だ。

本多勝一『アムンセンとスコット』(朝日文庫)
本多勝一『アムンセンとスコット』(朝日文庫)

馬などをイギリス隊がこれほどあてにしたのは、それ以前のイギリス探検隊が使って、ある程度の成果があったし、もともと北極圏のシュピツベルゲンでイギリス隊が馬を使って以来の「伝統」だったことによる。この伝統はしかし、犬の能力とよく比較した上での選択ではなく、アムンセンから見れば、馬などを南極で使うなんて狂気のサタに思われただろう。白瀬隊さえもカラフト犬による犬ゾリを使ったのである。

こうした実力の差は、デポの量ばかりか、質の差に現れた。スコット隊はデポの位置に旗などを立てて目印にしただけだから、あとでさがす際に不安で、通りすぎたのではないかといつも心配しなければならなかった。

これに対してアムンセン隊は、進路にそって15キロごとに点々と竹や干し魚で目印を立てていったほか、デポの位置を通りすぎないように独特の確実な方法を考えている。すなわち進行方向に直角の線で、デポの両側に10本ずつの竹竿をたて、間隔は約900メートルにして黒い旗をつけたのだ。

つまり18キロもの長さで進路をさえぎる旗の列があり、それぞれの竹の番号によってデポの方角と距離がわかるようにしてあった。白一色の世界で、これはたいへん目立つやりかただ。

メンタルケアにも心を砕いたアムンセン隊長

それに、隊員の心理的な面でもアムンセンはよく気をつかった。極地のような異常な環境に長くいると、神経がまいってイライラし、ノイローゼになる傾向があり、「探検病」とか「極地病」などといわれる。これを防ぐには、できるだけ心理的にゆとりをもたせることだ。たとえば毎日のテントは、3人用のものに2人ずつ寝た。のちに3人用の2個をつないで6人用とし、それに4人が泊まっている。

ところがスコット隊長は、ときには反対に4人用テントに5人つめこむといったことさえあり、人間の神経にとって実にまずい方法を摂った。

デポ作戦中にこうして明らかになった両隊の違いは、本番の極点到達レースにさいしても出てくるのは当然である。しかし、両隊は接することがぜんぜんないのだから、相手がどんなデポ作戦をやっているのか互いに知るすべもなかった。

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