中国では野生動物を食べる文化がある。ジャーナリストの高口康太さんは「珍しい肉を食べてみたいという好奇心だけではない。中国伝統医学には、食材に応じた健康が得られるという『補品』という概念がある。そのことがゲテモノ食の背景になっている」という――。

※本稿は、高口康太『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集しています。

中国南部の広西チワン族自治区玉林市では、毎年恒例の「犬肉祭り」が開かれる。この祭りには世界の団体がこぞって抗議し、数百万人分の反対署名も集まっているが、地元住民たちはこれが逆の効果を生んでいるという=2016年6月20日
写真=EPA/時事通信フォト
中国南部の広西チワン族自治区玉林市では、毎年恒例の「犬肉祭り」が開かれる。この祭りには世界の団体がこぞって抗議し、数百万人分の反対署名も集まっているが、地元住民たちはこれが逆の効果を生んでいるという。=2016年6月20日

野生動物を食べる「野味」という食習慣

「4本足は机と椅子以外、2本足は両親以外、空飛ぶものは飛行機以外、なんでも食べる」

どんな動物でも食べる。悪食あくじきな中国の食文化を端的に示すフレーズだ。なんでもというだけあって、犬やヘビといったメジャーどころだけではない。野生動物を食べる「野味やみ」の対象には、SARSや新型コロナウイルス感染症が人間に感染する媒介となったと見られているセンザンコウやハクビシン、はてはトラやパンダといった絶滅危惧種まで含まれる。

新型コロナウイルス感染症の流行によって、野味は排除すべき悪習だとして、中国共産党は禁止する姿勢を明確にしているが、早くも腰砕けの感がある。トップの一存で14億のたみを右に左に動かせる権威主義体制でありながら、SARSや新型コロナウイルス感染症があっても食習慣一つ変えられない。

4本足は机と椅子以外……というフレーズは、もともと中国南部、広東省の人々の食を指すものだという。

なるほど、確かに広東省にはヘビやネコなどを食べるレストランが多い北部の食文化はまったく違う。

北京の貴族もゲテモノ食を愛していた

私の妻は中国北部の天津市出身だが、ネコはおろか比較的ポピュラーな犬すら食べたことがない。日本に住んでいる今でも、馬肉や鯨肉を食べようとしない。「ゲテモノを食べるのは中国南部の人だけ。一緒にして欲しくない」と言うのが妻の主張だが、個人的には怪しいものだと思っている。

というのは、広東省は改革開放以後に中国でもっとも早く豊かになった地域であり、その経済力がゲテモノ食という“趣味”を広めた可能性が高いとにらんでいるからだ。金がなければゲテモノは食えない。その余裕のある人間が相当数いるため関連産業が発展した広東省と、悪趣味な金持ちが少なかったその他の地域、という対比のほうが腑に落ちる。

そもそも、中国料理の最高峰とされる満漢全席、各種のご馳走と珍味を集めた清朝時代の宮廷料理にもクジャク、ゾウの鼻、ラクダのこぶ、猿の脳みそ、ヒョウの胎児、オランウータンの唇などのゲテモノが入っている。広東省から遠く離れた北京の皇族や貴族たちもゲテモノを愛していたわけだ。