※本稿は、友原章典『会社ではネガティブな人を活かしなさい』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
怒りを交渉に役立てるにはどうしたらいいか
ビジネスにおいて、怒りのようなネガティブな感情が役に立つ場合もある。その一つが、お互いの利益が相反するとき、それを解決するための話し合いである交渉だ。
たとえば、2021年3月のアラスカ州での米中外交トップ会談は、ちょっとした話題になった。緊迫の度を増す米中関係を反映し、マスコミを入れた冒頭発言において、人権問題などをめぐり、異例の非難の応酬となったからだ。しかし、こうした外交戦略にも意義がある。
アムステルダム大学社会心理学教授のヘルベン・ファンクリーフらは、交渉をするときには、幸せな相手よりも、怒っている相手に対して譲ってしまうことを示している。つまり、友好的に接するよりも、怒っているほうが交渉に有利になる。
ポイントは、交渉は一人で行うものではなく、相手がいるということだ。ある交渉人の感情がほかの交渉人の行動に影響を与えるという、人間相互間の効果を考察したことが、この研究の特徴だ。これは、既存研究のアプローチとは大きく違う。
交渉時の心理状態を説明する2つの仮説
それまでの研究では、人間の相互間の効果ではなく、個人内の効果を考察していた。怒った場合にその人はどうするかというように、ある交渉人の感情が、その人自身の行動にどのような影響を与えるかというものだ。その結果、ネガティブな感情状態である交渉人は、競争的で、譲歩をしないことがわかっている。一方、ポジティブな感情である交渉人は、協力的で、懐柔的な傾向にあった。
こうした個人内の効果についての知見を発展させて、人間相互間の効果を考察したファンクリーフらは、二つの相反する仮説を検証している。
一つは、「社会的感染説」といって、ある人の感情、態度や行動が、ほかの人に感染するという考えだ。この説に基づけば、怒っている交渉相手と接した人は、自分も怒ってしまうため、無理な要求をして、譲歩はしないことになる。
もう一つは、「戦略選択説」だ。相手が懐柔的な態度であれば強く要求するが、タフだと思われたときには、交渉が決裂しないようにあまり要求をしない。つまり、タフな相手は譲歩をしないと予想されるため、自分が譲歩をすることになる。
相手の感情を見極めて、相手がギリギリ譲れる限界値を推測しながら、自らの要求を調整するわけだ。交渉相手のことがよくわからないときに当てはまる説だとされている。