怒っている相手には無理な要求をしないという結果に

どちらの仮説が妥当なのかを検証するために、100名程度の大学生を対象にして実験が行われた。携帯電話の売買を行う設定で、価格や保証期間、電話のサービス契約という複数の要素について、できるだけ自分に有利な条件を引き出すように交渉する。

契約内容によって、自分の利得は変わってくる。売り手ならば、価格は高くて保証期間やサービス契約が短いほど、利得は高くなる。買い手の場合はその逆だ。現実の交渉に近い設定にするため、契約内容によって自分の利得がどのようになるかはわかるが、相手の利得はわからないようにしている。

相手の提示条件に対し、自分が条件を提示しなおすというように、交渉は何回か行われる。自分にとってよい条件で交渉をまとめて高い利得を得た人ほど、実験終了後に賞金がもらえる確率が上がるようになっている。交渉が決裂すると、賞金はもらえない。真剣に実験に取り組んでもらうための工夫だ。

実験参加者の交渉相手は、①「怒っている」、②「幸せ」、③「感情がない」(怒っているわけでも幸せでもなく、中立)の三つのグループに無作為にわけられており、その交渉結果を比較する。

交渉は、コンピューターを仲介して行われる。その際、提示条件に満足だ(幸せ)とか、頭にくるような条件だ(怒り)のように、交渉相手の感情についての情報が、スクリーンを通して与えられる。たとえば「まったくお話にならないので、○○という条件を提示しようと思っている」といった具合だ。

実験の結果、怒っている相手と交渉した場合には、幸せな相手と交渉した場合に比べて、無理な要求をしない傾向があった。また、感情がない相手と交渉した場合の要求の程度は、その中間であった。

交渉中に感情が変化した場合はどうなるか

この結果からわかることは、相手の出方がわからないような交渉において、相手の感情だけを手がかりに契約を決める場合には、社会的感染説ではなく、戦略選択説が妥当ということだ。

ただ、この実験の設定はかなり限定的で、問題点も指摘されているが、いずれにしてもこの研究の結果は、多くの人にとって納得のいくものだろう。感じが悪いと思いつつも、押しの強い人の主張が通ることは、日々私たちが経験していることだからである。

これまで見てきた議論は、どのような感情表現が交渉に有利かというものだ。幸せとか怒りとかの感情を表すことが、交渉の結果に与える影響を比べている。私たちの感情は、私たちが接触する他人の感情や行動に影響するからだ。

しかし、交渉の過程で感情が変わることも珍しくない。終始一貫して怒っていたり、幸せそうにしていたりするわけではない。このため、一つの感情表現ではなく、感情の変化が交渉結果に与える影響を考察することも重要だ。どのように感情が変化するかによって、交渉の結果が変わる可能性があるからだ。

こうした問題提起に触発されたコーネル大学経営大学院教授のアラン・フィリポビッツらは、感情が変化する場合には、感情表現が同じであるときとは違う結果になることを示している。