確定死刑囚13人を死刑執行ができる拘置所に移送

死刑が執行されると法相による臨時記者会見が行われるが、通常は開催の1時間ほど前に法曹記者クラブに通告され、会見の具体的内容は明らかにされない。死刑執行があったのか、誰が執行されたのかは、各社の担当記者が刑事局など法務省の幹部に取材をして確認するしかなかった。

だが、この日は上川法相の臨時記者会見を待つことなく、午前10時過ぎに菅義偉官房長官が記者会見で松本死刑囚の死刑執行について「報告を受けている」と認める発言をしている。

また、法務省も午前中のうちに執行された7人の氏名や執行場所を発表し、こうした動きを受けて地下鉄サリン事件の遺族やオウム真理教の元幹部・上祐史浩氏が記者会見を行うという異例の展開となっていたのだ。

地下鉄サリン事件や松本サリン事件など、オウム真理教が起こした一連の事件に関する刑事裁判はこの年の1月に終結していた。これを受けて法務省は3月、死刑が確定した元幹部13人全員が収容されていた東京拘置所から、7人を仙台、名古屋、大阪、広島、福岡の各拘置所に移送した。いずれも確定死刑囚が収監され、死刑を執行する施設のある場所だ。

移送は死刑執行に向けた準備の一環とみられていた。

死刑を恐れなかった新実元死刑囚

安田弁護士は「もう、いつ執行されてもおかしくない状況でした。今日か明日か、という状態の日々が続いていました」と振り返る。だが、新実元死刑囚が執行に対する恐怖を口にすることはなかったという。

「彼は死刑になることを、僕の前ではまったく恐れていなかったですね。松本死刑囚への信仰心は強固で、教祖への執行を阻止したいという気持ちはありましたが、彼の口から死刑に関する考えを聞いたことはありません」

新実元死刑囚は、安田弁護士の助言を受けながら、法務省の中央更生保護審査会に「恩赦の出願書補充書1」という文書を提出している。中央更生保護審査会は、恩赦を実施するか審査する機関で、新実元死刑囚は大阪拘置所に移送後の5月に恩赦の申請書を提出しており、その意見補充書として書かれたものだった。

文書では、自らが一連の犯行において「首謀者、主犯ではなく、従犯として処断されるべきもの」として、死刑が不当であると主張している。その上で、「生きとし生けるものとしての『私』と見た場合、どんな悪人であろうが、生きて償うことの方が、慈愛に満ちた行為の選択です」と述べ、無期懲役に減刑することを求めている。

また、犯行に至ったことについては「霊性と知性が足りなかったのでしょう。深く反省しています」とし、「今後も、事件の責任を他人に転嫁せず、その責任を真摯しんしに受け止め、反省の日々を送る所存です」とつづっている。この補充書の提出日として記されているのが6月28日。死刑が執行される、わずか8日前だった。