政府の世論調査によると、国民の8割は死刑制度に賛成している。しかしその実態はあまり知られていない。死刑囚はいつ殺されるのか。だれがどうやって殺すのか。『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎新書)を書いた共同通信社編集委員の佐藤大介さんに聞いた――。
東京拘置所のエントランス(2019年6月10日)。この施設は、窓に鉄格子がなく、光沢のある床と最新の医療機器を備えている。被告人を無期限に拘束して自白を促す「人質司法」の道具だとする批判に反論するため、この日、ジャーナリストにすべてが公開された。
写真=AFP/時事通信フォト
東京拘置所のエントランス(2019年6月10日)。この施設は、窓に鉄格子がなく、光沢のある床と最新の医療機器を備えている。被告人を無期限に拘束して自白を促す「人質司法」の道具だとする批判に反論するため、この日、ジャーナリストにすべてが公開された。

授業中に死刑について語った教師の言葉

——死刑について一冊の書籍をまとめるにいたった経緯を教えてください。

私が子どもだった1980年代は免田めんだ事件や財田川さいたがわ事件など、過去の事件の冤罪が次々と発覚し、メディアで死刑についてさかんに論じられた時期でした。そうした影響で、死刑や冤罪について書かれた本を手に取るようになったんです。

あと大きかったのは、中学時代の社会科の授業です。かつて検察庁につとめていた教頭先生が社会科を受け持っていました。ある日、先生が死刑について口にしたのです。

「悪いことをした人は死刑になる。それは仕方のないことかもしれない。でも死刑ってとても残酷なものでもあるんだ。さっきまで話をしていた人がほんの少し時間がたったら手足を縛られて目隠しをされ、首を吊されて、鼻や口からは鼻水や血が出ている。検察や拘置所の刑務官でも、死刑はいやだって言う人がいたほどだよ」

あの言葉はいまも鮮明に記憶に残っています。

私が記者になった1995年に、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こりました。新人だった私も麻原元死刑囚らオウム真理教幹部の裁判取材を手伝いました。オウムの死刑囚には、私とさほど年が変わらない人もいた。目の前にいる死刑囚と自分との違いはなんだろう……。傍聴席に座りながらそんなことを考えたのを覚えています。

死刑についての議論を妨げる法務省の「密行主義」

これも新人時代ですが、松本サリン事件で濡れ衣を着せられた河野義行さんに取材をしたことがあります。

松本サリン事件もオウム真理教が引き起こしたのですが、当初警察のリークを受けたメディアが河野さんを犯人扱いした。そんな体験をしたにもかかわらず河野さんは「麻原さんが犯人と決まったわけじゃないでしょう」と麻原元死刑囚に敬称をつけて話すんです。

——自身がいわれのない罪を着せられそうになった経験があるからですか。

それもあるでしょうが、河野さんの人柄だと思います。河野さんは麻原元死刑囚たちの死刑に対しても慎重な考えを持っていた。日本中が「オウムは許せない」という風潮だったからとても印象的でしたね。

——確かに、オウム事件は死刑を容認する人がとくに多い気がしました。そもそも死刑は、イメージや感情論で賛否が語られますが、議論の具体性が乏しい印象があります。

死刑制度の問題はそこなんです。十分に情報が公開されていない状況で、イメージだけで語られたまま死刑制度が続いてきた。その原因のひとつが、刑罰の執行状況などを公開しない法務省の方針である「密行主義」です。