「リモートワークは快適」という声が聞かれる。その一方で無気力さを感じてはいないだろうか。精神科医の斎藤環さんは「人と会わないことで“欲望の減退”が進行し、無気力さを感じている人は少なくないのではないか」という。佐藤優さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

リモートワーク
写真=iStock.com/BigCircle
※写真はイメージです

「欲望」と「関係性」は会わないと満たされない

【佐藤】リモートは便利だけれど、「実際に会うのとは何か違うな」と感じることもある。そういうモヤモヤした部分が、だいぶクリアになった気がします。

【斎藤】もう少しだけ、謎に分け入ってみます。人には、実際に会わないと満たされないものが二つあると、私は考えているんですよ。「欲望」と「関係性」です。人間同士が会うことの意義が最大化されるのは、この二点に関してだと言っていいと思うのです。

【佐藤】なるほど。それぞれについて説明していただけますか。

【斎藤】初めに後者の「関係性」について、具体例から述べてみたいと思います。会わないと始まらない側面が強いものに教育があります。今の大学生は、非常に不幸なことに、教授の顔をリモートでしか見られない、横のつながりを持てない。会うことから隔てられていることによる教育の損失にも、計り知れないものがある感じがします。

【佐藤】私は、コロナ以降、大学でリモートの講義もしたのですが、対面に比べて不都合だと感じることは、あまりありませんでした。むしろ、以前に比べてスピード感を持って授業を進めることができたという手応えを得たんですよ。

ただし、それには条件があって、“一見のお客さん”がいなかったのです。すでに数年間、対面で授業を行い、それこそ現前性を通じて学生の個性も確認しているし、お互いの信頼関係もある。だから、Zoomの画面を通してでも、考えていることがよく分かるわけです。リモートで得られる情報を想像力などで補うことができる、という感覚でしょうか。

医学の実習現場は、不確実そのものだ

【斎藤】分かります。

【佐藤】しかし、新入生がいきなりZoomというのは、授業をする方も受ける方も、かなりつらいはずです。

【斎藤】そうです。ところが、残念ながらそうなっているケースが非常に多い。もちろんリモートで補完できる部分もあるのですが、絶対無理なのが実習と実験です。当たり前だろうと言われるかもしれませんけど、「人に会うことの意味」を考えるうえでは、案外そのへんにヒントがあるのではないかと思うんですよ。

医学を例に取れば、実習現場の在りようは、偶有性に満ちていて不確実そのものなのです。教科書通りにはいかない、その場で経験、吸収すべきナレッジをたくさん含んでいる。時間をかけて深く考えれば、教科書の記述に即したことが起きていたとしても、目の前の事象はまったくそうではないように見えることが、しょっちゅう発生するんですね。学生には、実習を通じてそうした不確実性の幅も「込み」で習得してもらう必要があるわけで、座学のみ、臨床実習抜きで医者になったら、本人も患者も怖くてしょうがない(笑)。