人に会わないと、欲望が減退する
【斎藤】なるほど(笑)。そういうふうに、強制的に閉塞空間に置かれると、直接的な欠乏ゆえに性欲、食欲、物欲などが亢進しやすくなるのだと思います。ただ、私がここで述べたいのは、「人に会わないと、欲望が減退する」ということなんですよ。
【佐藤】それは、私の経験や花輪さんの漫画の話とは、逆の現象ですね。まさに私は、独房で一人だったのですが。
【斎藤】その矛盾は、このように説明できると思います。佐藤さんは、自らの意に反して独房の人となりました。
一方、ひきこもりの人は、他者に強制されたわけでなく自ら進んで閉塞環境に身を置くわけです。少なくとも最初はそのように始まります。そのような場合には、刑務所や拘置所などに入れられたのとは違い、反対に欲望がどんどん低下していく、という事実があるんですよ。
【佐藤】つまり、ひきこもっている人は、比較的欲望の水準が低いということですか。
【斎藤】比較的どころか、無茶苦茶低いのです。朝起きて、ご飯を食べて、日がなぼーっとして寝る、みたいな全く欲望のない人も珍しくありません。私は、ひきこもりの回復の指標は消費活動をどれだけするかだと考えているのですが、たいていのひきこもりの人は一年間に10万円も使わないですね。
【佐藤】その金額は、ちょうど拘置所にいる場合の年間消費額と同じです。囚人は主観的に物欲が亢進していると思っても、そのくらいしか使うことができません。食品や文房具なども拘置所当局によって購入の上限が定められています。
ひきこもりの人の生活費は年間100万円もかからない
【斎藤】偶然ですが、面白い符合ですね。ひきこもりの人は、自らそのくらいしか使わないのです。欲望が減退して、使えないといってもいいと思うのですが。たまに買いまくる人がいても、どちらかといえば買い物依存で、箱も開けずに部屋に積み上げている。多くのひきこもりの人の生活費は、住居費や食費、通信費など全部含めて、年間100万円もかかっていないはずです。
【佐藤】それは、国の社会福祉制度で十分負担できる金額ですね。
【斎藤】そういう理解がなかなか広がらずに、世の中が「出てきて働け」というプレッシャーをかけるために、余計に出てこられなくなっているわけですが。
話を戻すと、自分の意思で人との接触を断つような生活をしていると、欲望のレベルが明らかに下がっていくのです。
【佐藤】拘置所の住人とひきこもりは、境遇が似ているようで違う。では、コロナ禍で外出自粛を余儀なくされている状況はどう考えたらいいのでしょうか? 「塀の中」のように、自らの意に反して閉塞空間に閉じ込められている状況にも感じられます。