人間の寿命を延ばす可能性をも秘める大発見

「神になった気分だった」カリコ氏はそのときのことを思い返す。

「mRNAを使って、心臓バイパス手術のために血管を強くすることができるかもしれない」
「もしかしたら、人間の寿命を延ばすことだって可能になるかもしれない」

興奮したふたりは、そんなことを語り合った。

つまりこれが、ワクチン開発の肝となる、mRNAに特定のタンパク質を作る指令を出させる、という最初の発見だったのだ。

パッチワークのようなカリコ氏の研究方法

「ケイト(カリコ氏)は本当に信じられないほど素晴らしいんだ」とバーナサン氏は言う。

増田ユリヤ『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』(ポプラ新書)
増田ユリヤ『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』(ポプラ新書)

「いつも驚くほど探求心がいっぱいで、ものすごい読書家。常に最新の技術や最新の発表を読み込んでいて、その内容は専門分野だけでなく他の分野にも及んでいた。古いものから、前日に『Science』誌に発表されたものまで、自分が得た知識や情報を組み合わせて『これをやってみませんか?』とか『この方法はどうですか?』と提案してくるんだよ」

「彼女の研究方法は、小さな解決法の『パッチワーク』のようだった。それが縫い合わされると、何か美しくて温かいものができるのではないか。それが彼女のmRNAだったんだ。決してあきらめずに、日々新しい情報を仕入れて挑戦し続けていた。そんな科学者はそうそういるものではないでしょう」

バーナサン氏は、カリコ氏のことをそう評価する。

このとき、実験の成功を祝ったのか、という質問に対して、カリコ氏はこのように答えている。

「学者の中には、自分の研究(実験)がいつか成功する日を夢見て、その日が来たらお祝いをするために冷蔵庫にシャンパンをしまっておく人がいるんですよね。そうしている人がいることは知っていますが、私はそんなことはしませんでした」

「それよりも、この発見(mRNAに特定のタンパク質を作る指令を与えること)はとても重要なことで、『これさえあれば、私は何でもできるのではないか。これは必ず誰かの何かの役に立つはずだ』と思ったのです」