「恣意的拘束」の標的に

現に今年5月、英経済紙フィナンシャル・タイムズは、欧米の企業幹部は人質が犯人に同情するストックホルム症候群に陥っていると報じた。最近は多くの欧米企業が、地図上での台湾の扱いや、ウイグル人の強制労働に懸念を表明したことなどを「侮辱」だとして中国政府から罰せられてきた。にもかかわらず、多くの欧米企業の幹部は中国政府ではなく欧米メディアや人権団体を非難しているという。

だが目を覚ましたほうがいい。中国は孟の釈放の数時間後にコブリグとスパバを釈放したことで、カナダ人2人の拘束理由がスパイ容疑ではなかったことを世界に示した。

2人が拘束されたのは、単にカナダ人で、孟が逮捕された際たまたま中国にいて、スパイ容疑が全くの事実無根には見えないような職業だったからだ(コブリグは元外交官で有力シンクタンク「国際危機グループ」に勤務、スパバは北朝鮮とつながりのあるコンサルタント)。要は、外交上の目的を達成するための恣意的拘束だったのだ。

この種の人質外交に手を染めた結果、中国の並外れたいかがわしさはムアマル・カダフィ大佐時代のリビアに匹敵するほどになった。08年、カダフィの息子ハンニバルはスイスの高級ホテルで使用人を殴った容疑で妻と共にスイス当局に逮捕された。その後、夫妻は出国を許可されたものの、逮捕に激怒したカダフィはスイスに対する報復措置として、たまたまリビアに滞在中だったスイス人ビジネスマン2人を恣意的に拘束した。

中国がこうした国の仲間入りを果たしたことは、グローバル企業に計り知れない影響を与えるかもしれない。

確かに多国籍企業は、従業員が誘拐事件や人質事件、さらにはテロ事件など、さまざまな危険にさらされてきた。このため、ハイリスク国に駐在したり出張したりするビジネスパーソン向けに、危険を回避するためのトレーニングを実施する業界は、かなりの大きさに成長している。

だが、基本的に、こうした国で誘拐などに従事するのは、犯罪集団だ。政府当局が外国政府を脅す目的で、その国から来たランダムな市民を逮捕することはめったにない。

そのわずかな例には、イランが含まれる。実際、イランには今も、イギリスの慈善団体職員ナザニン・ザガリラトクリフなど、欧米諸国の市民(その多くは欧米諸国に帰化したイラン出身者だ)が複数拘束されている。

だが、標的にされた市民には悲劇とはいえ、企業活動への影響の面から言うと、国際社会の制裁のせいで、そもそもイランと取引をしている欧米企業はほとんどない。