しかし、日本のIT業界は、「多重下請け、低賃金の温床」が実情だ。大正時代に紡績工場で過酷な労働をしていた女性たちのルポ『女工哀史』のように、今のデジタル業界もまさに「ITエンジニア哀史」のような悲惨な状況なのだ。

日本には全国各地にプログラミングの専門学校があれば、大学の工学部にもプログラミング教育を前面に出しているところもある。しかし哀しいことに、そういったプログラミング学校を卒業しても、米中印のスーパースターのような構想力を持ったエンジニアになれず、日本独自の年功序列制度の末端に入ることになる。

日本のIT教育の問題点は、作りたいシステムを構想し、それをスペック(仕様)に書き出すということを教えていないことだ。作りたいシステムがないままに、プログラミングのルールばかりを勉強する。だから、人に言われたことをプログラミング(コーディング)するだけの人材しか育たず、「ITエンジニア哀史」の物語が生まれることになるのだ。このような人材は、世界では到底評価されない。

アメリカは事業会社に優秀なIT人材がいる

事実、日本のIT人材の給料は低い。経済産業省によれば、日本のIT人材の平均年収は、20代で413万円、30代で526万円、40代で646万円、50代で754万円と、自分が専門とするシステムが古くなって活躍する場が減っても年功序列で給料は上がってくる。一方、成果主義の米国は20代の平均年収が1023万円と、日本の20代の2.5倍だ。30代が最も高くて1238万円。40代は1159万円、50代で1041万円と年齢が上がっていくと徐々に下がっていくが、いずれの年代も日本よりもはるかに高給取りだ。

日米のIT人材の年代別平均年収

また、日本のIT人材はIT企業に集中しすぎだというデータもある。米国はIT企業にいるIT人材はわずか35%で、非IT企業にいるIT人材は65%だ。一方で、日本は72%ものIT人材がIT企業におり、非IT企業には28%しかIT人材がいない。

一例を挙げれば、ニューヨークにあるゴールドマン・サックス証券本社は、最盛期の2000年に600人のトレーダーが在籍していたが、今はたった2人しか残っていない。代わりにコンピュータ・エンジニアを大量採用し、200人で同じ量の仕事をしている。つまり、生産性を3倍向上させたわけだ。1人で3人分の成果を生み出すなら、給料も高くなるのは当たり前だ。

一方で、日本は非IT企業にIT人材がいないから、システム開発は外注することになる。外注するにしても、どういうシステムを作るのかというスペックが書けるレベルのIT人材が社内にいない。

会社の中に“情シス”などと呼ばれるシステム部門はあっても、彼らの仕事はベンダー選びにすぎない。ITコンサルタントやベンダーの社員を自社に呼んできて「ここで机を並べて働けば、うちの業務や管理の仕組みが理解できる。常駐しながらわが社に最適のシステムを提案してくれ」とベンダーに頼るのだ。発注側には、はじめから自分たちで必要なシステムを企画するつもりがない。