度を越した気前よさの謎

ところで、気になるのはスミス氏の度を越した気前のよさです。大学の学費や寮費を負担したうえ、過分な小遣いを与え、洋服代やクリスマスのプレゼント代まで与え、休暇中に孤児院に帰るくらいなら〈死んだほうがましです〉というジュディの訴えに応じて、夏休みに滞在するための農場まで手配してやる。

彼の本心がどこにあるのか、ジュディの一方通行の手紙ではわかりません。でも想像はできる。作家にさせたい、なんてのは方便に決まっています。

オードリー・ヘップバーン主演の映画『マイ・フェア・レディ』をご存じでしょうか。音声学を専門とするヒギンズ教授が、下町育ちでなまりの強い花売り娘イライザを完璧な貴婦人に育てるという、あのお話です。ヒギンズ教授がイライザを拾ったのは仲間と賭けをしたからでした。

スミス氏の思惑も教授とほぼ同じだったはずです。孤児院育ちのイノセントな少女を教養のある一人前のレディに育てる。孤児院には恩を売れるし、本人には感謝されるし、むろん立派な慈善事業だし、ヒマな金持ちとしては最高の道楽です。

文才のあるジュディに白羽の矢を立て、手紙を書くことを課したのも、道楽の価値を上げるためでしょう。手紙は彼が投資の成果を知る手段ですが、どんなに成績優秀でも、杓子定規な文しか書けないクソまじめな子では、娯楽の価値は半減です。その点、新しい環境での驚きと喜びを大っぴらに報告するジュディの手紙は、そうとうおもしろかったはずです。

顔を見せないスミス氏

顔を見せないという彼の判断は正解でした。影のキーパーソン「ジョン・スミス氏」は匿名の人物で、影から見守っているから価値がある。

この人と顔を合わせたら最後、ジュディは恐縮し、萎縮して、とてもここまでのびやかな大学生活は送れなかったでしょう。

ところが、途中でオキテ破りの異変が起きます。大学に入って8カ月後、ジュディはおじさんへの手紙で衝撃の事実を告白します。

〈わたし、男の人とお散歩して、おしゃべりして、お茶を飲んだんです。それも、すごく上流の方〉

問題の人物はジャーヴィス・ペンドルトン。クラスメートのジュリアの叔父です。

どうせわかることなので、ネタバレ承知で先に答えを明かすと、このジャーヴィス・ペンドルトンこそが「あしながおじさん」の正体です。

おとなしく引っ込んでいればいいものを、このチャラケた男は、手紙だけでは飽き足らず、手紙の主がどんな子かを確かめたくなり、姪の面会にかこつけて、女子大にのこのこ偵察に行ってしまったのでした(ちなみにジャーヴィスはジュディの14歳上なので、彼女が18のとき、彼は32歳です)。

それを知らないジュディはしかし、ジャーヴィスとの距離を徐々に縮めていきます。

夏休みにスミス氏のはからいで滞在したコネチカットのロック・ウィロー農場が、ジャーヴィスが少年時代の休暇をすごした場所だったことも、農場にジャーヴィスが現れて楽しい休暇になったのも、むろん偶然ではありません。

ニューイングランドの農家
写真=iStock.com/FrankvandenBergh
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