相手を非難する意図が露骨に表れる“偽の疑問文”の特徴
さて、こうした対話的思考は、特にビジネスパーソンにとって即戦力的に役立つものになります。相手を否定しない柔らかな語り口であるにもかかわらず、「問い」の形で鋭い論点を提案できる対話的思考は、ビジネスの現場において非常に重要な「ライカビリティ(Likeability)」(好ましさ、好感度)を上げることに貢献してくれるからです。
ですが、このとき「問い方」(言い方)に最大限注意する必要があります。特に注意すべきなのは疑問文のイントネーションです。
例えば、親が子どもに「どうして宿題をやらなかったの?」と言う場面を想像してみてください。このとき疑問文のイントネーションが文末で全く上がっていなかったとしたら、その言葉は、「あなたは宿題をやらない悪い人間だ」と伝える否定文の機能しか果たしていません。実際には、「どうして宿題をやらなかったの!」という表記になるでしょう。
また、たとえ文末でイントネーションが上がっていたとしても、言葉の最初の音(今の例で言えば「どうして~」の「ど」の音)にアクセントが置かれてしまうと、相手を責める意図を持つ疑問文に変化してしまいます。今の例で言うと、「どうして宿題をやらなかったの? やればいいだけじゃん。なんでできないの?」という相手への非難が、問いかけの中に露骨に組み込まれてしまっているのです。
本来の疑問文は、文末の「?」のところにアクセントを置かねばなりません。文末でイントネーションが上がっていなかったり、アクセントが文頭にあったりする疑問文は、言うなれば「偽の疑問文」です。なぜなら、それら2つは「純粋に相手に問いかける」という意図よりも、相手を否定したり、非難したりする意図の方が勝ってしまっているからです。
こうした「否定」ありき、「非難」ありきの問い方をしてしまうと、直接的に言われるよりもさらに嫌味っぽくなりますので、むしろライカビリティは大幅に下がってしまいます。仮に正論を言っていたとしても、「あの人の言い方は感じ悪い」という評判が先立ち、周囲の信頼を勝ち取ることは難しくなります。立場が上の人間がこうした言い方をしてしまったら、言われた側の自尊心を大きく傷つける結果にもなるでしょう。
偽の疑問文を乱発してしまう思考パターンも、先ほど解説した論破的思考の1つです。誰しも、感じ悪い人と仕事をしたいはずがありません。ある程度正しいことを言っているにもかかわらず周囲を不快な気持ちにさせてしまう論破的思考は、言うなれば「もったいなさすぎる思考」なのです。こうした思考習慣を対話的思考へとアップデートすることで、ビジネスの現場で求められるライカビリティを向上させることができるでしょう。
私たちは何気ない言葉づかいで他者に大きな力を及ぼす生き物
もちろん、「どうして私たちはここまで言葉に過敏にならなければならないのか」と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、イギリスの哲学者J.L.オースティン(1911-1960)が「言葉によって物事が行われる」と指摘するように、私たちは何気ない言葉づかいによって、他者に対して大きな力を及ぼしてしまう生き物です。
オースティンは言語行為論(speech act theory)の中で、「発話行為(locutionary act)」(意味の通る言葉を発すること)と「発話内行為(illocutionary act)」(ある言葉を発することで、実際に何らかの行為を他者に対して行うこと)の2つを区別しています。例えば、「醤油はどこにありますか?」という言葉を発するのが発話行為であり、その言葉によって「醤油を取ってください」という内容を相手に伝えるのが発話内行為です。そして、こうしたオースティンの洞察を用いることで、私たちは「確かに文法上は疑問文を発しているけれど、実際には他者を一方的に否定したり非難したりするような行為を行っているのではないか?」と批判的に問う視点を得ることができるのです。