本当に賢い人とは、どんな人か。東京大学大学院で哲学を研究し、哲学コンサルティングにも携わる山野弘樹さんは「いまは『論破できる人』に注目が集まっているが、論破は生産的な議論とはいえない。西洋哲学が『問いを立てる』という営みを重要視してきたことを思い出すべきだ」という――。
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自分の優位を示す「論破的思考」はデメリットだらけ

いま、「論破」という言葉が一つのトレンドになっています。

何か議論があった際に相手の意見を取り込もうとせず、論破することにこだわってしまう「論破的思考」に染まった人の背景には、「議論の場で自分の優位を相手に示したい」、「不要な意見を切り捨てて議論をスムーズに進めたい」というせっかちな欲求があると思われます。論破的思考とは、相手の意見が間違っていると感じたときに、議論の穴を攻撃する形で自分の主張の優位を示そうとする思考パターンです。

学校教育で無意識に叩き込まれる、知識をたくさん持っている人が賢いという「知識観」や、テレビのワイドショーでみられるような、過激な発言で注目を浴びる論客がカッコいいという日本の偏った「知識人観」が、「自分も相手を論破したい」という欲望を刺激してしまうのかもしれません。

ですが、相手を論破してしまうことには、次のようなデメリットがあります。

●正論をそのまま言ってしまうと、逆に相手の同意を得ることが難しくなってしまう。
●論破してしまうと、相手の面子を分かりやすい形で傷つけてしまう。
●論破にこだわると、話の論点がどんどんズレてしまう。
●結果、人間関係が悪化してしまう。

このように、相手の発言の矛盾や論理の飛躍を直接攻撃する論破力をそのまま相手にぶつけても、(特にビジネスの場面においては)メリットが少ないと言えるでしょう。

独りよがりではなく「みんなで考えていく」ことが重要な時代

現在は「VUCA」(Volatility(変動性)/Uncertainty(不確実性)/Complexity(複雑性)/Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語)と呼ばれる時代であり、「一人で考える」のではなく、「みんなで考えていく」ことの重要性が指摘されています。「VUCA時代」とは、これまで以上に多様性の幅が広がり、未来が予測不可能になっていく時代の特質を言い表す言葉です。独りよがりの思考では、こうしたVUCA時代の複雑さに対応することができません。これからの時代において必要なのは、相手の議論の弱点を突いて自分の(一時的な)優位を示す「論破力」ではなく、お互いの議論の穴を補い合うことで、新しい洞察を共に獲得できるような「対話力」なのです。

もちろん、あまりに理不尽なことを言われたときの防衛策としては有効だと思いますが、それはあくまで「護身術」としての論破力です。

では、我々が無意識のうちに持っている論破的思考から脱却し、実り豊かな議論を可能にする対話的思考を得るにはどうすればよいのでしょうか。