なぜ国はもっと早く「黒い雨」の救済に動かなかったのか

それにしても国はなぜ、もっと早く「黒い雨」の救済に動かなかったのか。一般的に国は国家賠償訴訟や行政訴訟において責任を認めようとはしない。たとえば薬害訴訟や公害訴訟でも長期間にわたって争われているものが多い。国が一度非を認めると、関連する訴訟が次々と起きるなど、その後の行政運営に大きな負担をかけるからだ。

黒い雨訴訟でも国はこれまで「科学的知見」を口実に被爆者の認定範囲を限定し、援護区域内で被爆し、がんなど11の病気に罹患したケースを被爆者手帳交付の対象としてきた。だが、政府が頼りにしてきた科学的知見は、終戦直後の混乱下で作られた資料や状況説明書類がベースで、時間の経過とともにその実証性が薄くなっていた。

そんな国家賠償訴訟や行政訴訟で解決策として使われるのが、首相自らの判断で決着させる「政治決断」だ。これを菅首相は衆院総選挙に勝ち、再び首相の座に就くためのテコのひとつとして利用したのである。

1945年8月6日の原爆投下から76年。毎年、8月6日には広島原爆忌、9日には長崎原爆忌と続き、15日には終戦記念日を迎える。

長崎地裁でも国が指定する被爆地域外で原爆投下に遭遇して「内部被曝による急性症状が出ている」として被爆者健康手帳の交付を求める訴訟が起きている。菅首相が上告を断念した、今回の広島高裁の判決は黒い雨を浴びていなくても放射性物質を含む水や食べ物を体内に取り込むことで起きる内部被曝も認めている。このため、長崎地裁の原告救済にも波及する可能性は高い。より多くの人々が救済されることを沙鴎一歩は願っている。

広島、日本
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行政を前例踏襲主義から脱皮させるのは政治の役目

7月28日付の朝日新聞の社説は「『黒い雨』救済 根本から改め対応急げ」との見出しを掲げ、「地理的な線引きによらず、健康被害の有無にかかわらず、放射性物質を含む『黒い雨』に遭った人は被爆者である。司法が示したこの判断に沿い、政府は全面救済を急がねばならない」と書き出し、こう主張する。

「こうした人たちが皆、名乗り出て救済されるよう、相談・受付窓口の整備など態勢づくりが急務である」

「こうした人たち」とは、84人の原告と同じように原爆投下直後に国が定めた援護区域の外で黒い雨にさらされ、いまも生存している1万3000人を指す。菅首相は救済に言及した。厚労省などを通じて救済を早急に実行してもらいたい。

朝日社説は「何より、これまでの被爆者援護行政を根本から見直すことが不可欠だ。対象区域を決め、そこにいた人のうち一定の疾病を抱えた人に特例として手帳を出す。そうした対応と決別すべきことを、政府は自覚しなければならない」とも訴えるが、賛成である。行政を前例踏襲主義から脱皮させるのは政治の役目だ。