NHKの受信料値下げが頓挫しかねない
だが、そんな悠長なことは言っていられない。放送行政の課題は、山積している。
菅政権が目玉政策に掲げたNHKの受信料値下げは、菅首相が通常国会冒頭の施政方針演説で「月額で1割を超える思い切った受信料の引き下げにつなげる」と明言したにもかかわらず、値下げに向けた新たな制度導入を盛り込んだ放送法改正案は審議入りもできず事実上の廃案となった。
自民党総裁選や衆院選で政権が変わるようなことがあれば、値下げそのものが頓挫しかねない。
そうなれば、懸案となっているNHKの業務・受信料・ガバナンスの三位一体の改革も、停滞を余儀なくされそうだ。
そこに、「東北新社」やフジ・メディア・ホールディングス(HD)の外資規制違反問題が持ち上がり、放送法に外資規制の見直しをどのように盛り込むかも喫緊のテーマとなった。
一方、衛星放送に関わる有識者会議の報告書は2月にもまとまるはずだったのに、宙ぶらりんのまま。2018年12月に始まった超高精細放送のBS4K8K放送は、番組が少なく、受信機も増えず、ほとんど普及していない。新規参入に名乗りを上げる事業者も見当たらず、放送帯域はガラガラだ。いまだに存在さえ知らない人も少なくないだけに、早急な対策が求められているのだが……。
ケーブルテレビも、ネット利用の高速・大容量のニーズに応えるためには伝送路の光回線化が必須で、早急に推進しなければならない。
ほかにも、民間ローカル局の経営基盤強化、地上放送の4K8K移行、AMラジオのFM化、放送コンテンツの海外展開、災害時における放送ネットワークの強靭化など取り組むべきテーマは、山ほどある。
放送行政の停滞は許されない理由
だが、何より重要なのは、この数年のうちに放送を取り巻く環境が様変わりしている状況に、行政としてどのように対処していくかという問題だろう。
先ごろNHK放送文化研究所が発表した「国民生活時間調査2020」で、若年層を中心に「テレビ離れ」が急速に進んでいる実態が明らかになったことは、すでにリポートした通りである。10~20代の半数はテレビを見なくなり、ネットの利用が日常の風景と化している。テレビは、もはや「国民的メディア」ではなく「シニアのメディア」になりつつあるといえる。
動画投稿サイトのユーチューブやネットフリックスをはじめとする定額動画配信サービスの台頭はめざましく、ネットとつながったテレビ画面は放送だけのものではなくなってしまった。
さらに、スマートフォンの高速通信規格4G・5Gの浸透で、時間や場所の制約を受けることなく、映像コンテンツを見られるようになった。受動的にテレビを見てきた視聴者が能動的にコンテンツを選ぶようになり、視聴行動も変わりつつある。