父親からの電話「困るよ。これでは息子に見せられない」
私はご提案資料に書きました。
「現状では、ご長男の老後まで貯蓄が維持できそうで、親亡き後もそれほど心配はありません。ただし今後、支出が増えてしまうと資金不足となることもありますので、くれぐれも油断は禁物です」
こちらから送ったご提案資料が届いたころ、父親から電話がかかってきました。
「困るよ。これでは息子に見せられない」
父親は、今のままだと将来は厳しい状況になることを見せて、本人に危機感を持たせたいと考えていたようです。それまでも「このままでは将来生きていけない」と、長男の奮起を促す叱責を繰り返しており、私の家計診断もその材料としたかったようです。そのために私にシミュレーションの作成を依頼したのに、届いた結果が「今のままで問題ない」では怒るのも無理からぬことです。
確かにこのままの状態が続けば、親亡き後、長男は親が築いた貯蓄を取り崩しながら生活していくことになってしまいます。
しかし、長男は収入を得られないものの、浪費家ではなく、支出は多くありません。「自立した生活」とは言えないまでも、比較的「堅実な生活」であり、ひきこもりの子どもの中では、比較的良いケースだと言えるでしょう。ささやかな生活を維持していけば、生活保護などの公的支援を受けずに、生涯を送ることは十分に可能です。
「お金が不足すれば働くわけではない、安心させてあげてください」
「お金が不足すれば働くようになる、というものでもありません。このままでも心配ないと、まずは安心させてあげてください」
私は言いました。父親の返事の声からは、怪訝そうな顔を浮かべている様子が想像できました。
このあたりは、郵送での相談の至らない点かもしれません。面談でのご相談であれば、いろいろと話ができますので、十分なコミュニケーションが取れます。ご相談に来られたご家族も、こちらの意図を汲み取ってくれます。その点、郵送だけのやり取りでは気持ちの問題など、お互いに把握が難しい部分があります。
その時のご相談はそれで終わりましたが、数年後に父親からまた連絡をもらいました。それによると、提案書を受け取った時は納得できなかったけれども、「働かなくても生きていくことはできる」とわかり、親としても焦らなくなったそうです。無理に働くことを勧めなくなり、就職の話はしなくなりました。
すると徐々に、親子で会話が増え、コミュニケーションが取れるようになってきたそうです。まだまだ社会復帰ができたと言える状況ではありませんが、以前と比べると、家の中がギスギスすることなく、雰囲気が良くなってきたと、明るい声で報告してくれました。
子どもが50歳前後になると、親の心境にも変化が生じてくるケースが少なくありません。「子どもが立ち直ることを諦める」とも言えますが、「子どもの現状を受け入れる」ということでもあります。
すると親子の関係が、それまでの敵対関係ではなくなり、打ち解けた関係に変わってくるというのです。子どもにとっても、親が自分の現状を受け入れてくれてこそ、心を開こうという気になるのではないでしょうか。