うつ病の治療は長期化しやすい。それはなぜなのか。精神科医の亀廣聡さんは「医師がすぐに薬に頼るからだ。私のクリニックでは抗不安薬と睡眠薬はいっさい使わない。抗うつ薬投与は、この8年間で2症例だけ。患者に『薬漬け』を強いる治療を続ければ、精神科医療はやがて社会から見放されるだろう」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、亀廣聡・夏川立也『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らずうつを治す方法」を聞いてみました』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

薬のイメージ
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科学的データと呼べば聞こえはいいが……

近年、臨床現場において「患者さんのストーリー」を社会資源として活用しようという動きがはじまっています。この患者さんの紡ぐ“ストーリーと対話にもとづく医療”は「NBM(Narrative Based Medicine)」と呼ばれており、生活習慣を把握し、患者が抱える種々の問題、個人の背景や価値観を共有するといった患者さん目線の治療が重視されます。

闘病記と呼ばれる書籍のなかにもNBMの原形を見出すことができます。また、古来漢方の伝承においては“口訣くけつ”と言って、その秘訣ひけつが口伝えにより大切に伝承されてきました。まさに漢方薬は「NBM」の結晶そのものと言えます。

一方、従来の精神科医療は「EBM(Evidence Based Medicine)」が基本となっています。「EBM」とは科学的根拠にもとづく医療のことで、「科学的根拠(エビデンス)」「医師の経験・知見」「患者さんの価値観」の3要素を総合的に判断して治療方針を決める医療モデルを指します。

しかし、この「エビデンス」というものが“くせ者”なのです。効率的で高精度な医療のためにエビデンスは有効ではありますが、それは一般論・確率論にすぎず、すべての患者さんにあてはまるわけではないという問題を内包しています。それに、科学的データと呼べば聞こえはいいですが、数字は見ようによって変わるものです。悪意はなくても、エビデンスの目的が“薬”の販路拡大だとしたら恐ろしいことです。