相互に補完しあうべき「NBM」と「EBM」

「NBM」は、「EBM」の3つの要素のひとつ“患者さんの価値観”へのアプローチとも言えます。「EBM」と「NBM」は対立ではなく補完し合うべきもので、患者さん中心の医療の両輪であり、そのバランスこそが大切です。ところが実態はエビデンス一辺倒の医療が氾濫しているように思えます。

「EBM」が大量生産されたファストファッションや既製品だとしたら、「NBM」はそれぞれのクライアントに合わせてつくり上げる、いわば「ビスポーク」だと言うと少し言いすぎでしょうか。

ただし患者目線の尊重と言っても、それは患者さんにおもねってばかりいるということではありません。甘言かんげんろうして患者さんをありのままで認めようとする、そんな医療のあり方では気分障害の寛解は望めません。

「ありのままを受け入れる」とか「自由意志の尊重」などということは、人が健康な状態である場合には然るべきことですが、不健康な状態である患者さんに対しては、そのままの状態で放置することにつながりかねません。それでは“病み終えない人たち”を生み出しかねないのです。

精神科医療は「病み終えない人たち」を生み続けている?

2008年7月、福岡で開催された第5回うつ病学会のクロージングセッションを、私は今でも鮮明に覚えています。

演者は精神療法の第一人者であり稀代の治療者、指導者である神田橋條治じょうじ先生です。神田橋先生の姿を間近で見られることなんてめったにありません。最前列に近い席に陣取ると、目の前にはうつ診療や研究の第一人者である、坂元薫先生、井原裕先生、内海健先生、田島治先生、宮岡等先生といった、憧れの先生方の後ろ姿が見えます。まるでビートルズとストーンズとエルヴィスを一度に視界に入れるようなものです。

そんな感動のなか、登壇した神田橋先生は、静かに、しかし力のこもった声でこうおっしゃいました。「この2日間、うつ診療に関連する講演が多数行われたが、どれひとつとして治療終結をどうやって迎えるのかという内容のものがなかった……」

この言葉に、私は強烈なインパクトを受けました。自分自身も含め、現在の精神科医療は“病み終えない人たち”を生み続けているにすぎないのではないか……。この日から「治療終結をどうやって迎えるのか」、このフレーズが私の精神科医としてのテーマとなりました。こうして復職後再発率0%を目指す戦いがはじまったのです。