【安田】サンデン交通を経営する林一族ですね。私も週刊誌時代に同社の労働争議などを取材したことがあります。下関における同家の存在感の大きさに驚いたことがあります。

【青木】ええ。地元で大きな力を持つサンデン交通グループやガス会社などを牛耳る林家は戦前から政治家を輩出し、戦後に通産官僚を経て政界入りした故・林義郎は厚生大臣や大蔵大臣などを歴任しています。

「日韓地下水脈」をつないだ主役は祖父・岸信介

【青木】現在はその系譜を長男の林芳正が継いでいるけれど、晋太郎が政界入りしたころの下関は林家の威光が絶大で、主だった地元有力企業はほとんどが林家の支援についた。中選挙区制のもとでそんな選挙を戦うことになった晋太郎は当初、少なくとも下関では新参者のアウトサイダーであり、だから地元では在日コリアンの実業家をはじめとするアウトサイダーたちの熱心な支持に頼った。

青木理・安田浩一『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』(講談社+α新書)
青木理・安田浩一『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』(講談社+α新書)

しかも晋太郎がなかなか大したものだったのは、民団系の在日実業家らの支援を受けつつ、総聯系の在日コリアンにも決して敵対的ではなかったらしい点です。

下関で取材してみると、総聯系の在日コリアンは安倍晋三をクソミソに批判しますが、晋太郎のことを悪くいう在日コリアンはほとんどいない。聞けば、下関の朝鮮学校を密かに視察して大量の文房具を寄贈したこともあったそうです。やはりバランスがいいというか、懐の広い政治家だったのでしょう。晋三とは雲泥の差です。

その晋太郎の最大の後ろ盾は義父の岸信介であり、ある意味ではその威光に頼るひ弱なプリンスといった見方をされてきたわけですが、晋三が敬愛しているらしき岸もまた朴正熙政権と深く広く結びついていました。いや、往時の「日韓地下水脈」をつなぐ主役こそ岸だったと評しても過言ではないでしょう。

国交正常化から間もない一九六九年に設立された日韓協力委員会の日本側初代会長は岸信介。同時期に華々しく就航した関釜フェリーの第一便にも岸は晋太郎らとともに乗船しています。もちろん反共というイデオロギーが最大の動機だったでしょうが、日韓国交正常化に伴う巨額資金などをめぐる利権漁りの側面も強かったはずです。

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