混みはじめるのは深夜2時から

「ニュクス」とは、ギリシャ神話に出てくる「夜の女神」の名前だ。その名のとおり、ニュクス薬局最大の特徴は、営業時間にある。

夜8時から翌朝9時まで。ふつうの薬局が店じまいをはじめるころ開店準備に入り、朝日がのぼりきり、多くのひとが活動をはじめるころに閉店作業をおこなう。世間とはほぼ正反対の時間帯に営業している。混みはじめるのは26時ごろから。風営法の関係でお店の多くが24時に閉まる。その後、片付けやミーティングをして、ホストやキャバ嬢などが店を出る時間帯だという。

「深夜食堂」ならぬ「深夜薬局」だ。

この深夜薬局を切り盛りするのが、中沢宏昭さん。ここの薬剤師であり、店主であり、経営者であり、ただひとりのはたらき手である。明らかに「ふつうの薬局」とは違う。いったいどんなところなのだろうか。

「歌舞伎町の保健室、なんて呼ばれてますね」

だれもが知っているようで知らない街・歌舞伎町

「歌舞伎町」は、東京都新宿区に位置する日本屈指の繁華街だ。また、歌舞伎町は、象徴的な赤ネオンの映像とともに、なにかと物騒なニュースが取り上げられがちな街でもある。メディアには「暴力団の抗争」といった見出しが躍るし、「麻薬」とか、「逮捕」といった言葉が飛び交う「ヤバイ街」という印象も強い。日本を代表する「夜の街」なのである。

夜の新宿・歌舞伎町を歩く人々(2019年4月)
写真=iStock.com/ablokhin
※写真はイメージです

ニュクス薬局は、この新宿歌舞伎町=「日本一の歓楽街」のど真ん中、夜の街らしいお店が周囲を囲むビルの、1階にある。斜め向かいに目を向けると「ラーメン二郎」が列をつくっている。あたりをぐるりと見回すと、そこここでラブホテルの看板が自分の存在を主張していた。「休憩6000円〜、宿泊8000円〜」と。

食欲から性欲、金銭欲、そしてストレス発散衝動まですべてがぎゅっと押し込められた街……その一角にニュクス薬局は、ある。けれども、シンプルで地味な白い外観は、どこからみても薬局のそれで、周囲とのギャップが大きい。店に灯る照明の温度が、ここだけ少し違っているように思えた。

きらびやかな都会の夜を照らす、灯台のようにも見える。