グローバル展開を念頭に置いたロゴデザインをうまく浸透させるためには、片仮名のモチーフという画期的なデザインに加え、それを世に出すタイミングこそが決定的に重要でした。

これはクリエイターだけではなくて、一般のビジネスパーソンにとっても大切です。いくら画期的なアイデアでも、文脈から逸れていたり、あるいは早すぎたり、遅すぎたりすれば、それはヒットにつながらないでしょう。

国立新美術館で開催されていた佐藤可士和展もデザインという概念が一般の人にも広く認識されるようになった今、このタイミングだからこそ15万人を超える方に来ていただくことができました。自分の仕事を成功させたいのであれば、現在がどのような文脈の上に成り立っているのかを理解したうえで、新しい文脈を適切に創っていく作業が欠かせないのです。

忘れてはいけない自然な感覚

世の中の動向だけではなく、自分自身も俯瞰する対象になります。たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大とともに自分の認識がどのように変化したのかを考えてみると、当初は戦争でも起きたのではないかというような緊迫感がありました。

ところが今ではこうした状況に慣れてしまい、緊張感も薄くなっている。この感覚の変化が大事だなと思っています。こうやって物事って慣れていってしまうんだな、という具合に自分自身の行動や思考を俯瞰して観察します。これは僕の基本的なものの見方のひとつ。ぼんやりと生活している自分がいて、それをクリエイターの自分が俯瞰しているイメージです。そうすることで、僕の仕事が社会に出たときに、見た方が自然に抱く感覚を忘れないことを大切にしています。

ただし、現在に対する自分の解釈をそのまま放っておくと、解釈が独善的で他人から共感が得られないものになってしまいます。僕の仕事はコミュニケーションをデザインすることなので、勝手な解釈で暴走してしまったら、そこでお終い。そうならないために、自分の解釈を積極的に他人に伝え、相手との対話の中で解釈が独善的になっていないかどうかを確認するのです。幸いにも僕はそれをクライアントと共有するのが仕事ですが、自分の解釈を共有できる場を持つことは大事なことです。

加えて、より深く文脈の解釈をするために必要なのが、答えのない問題にひとまず答えを出す力です。僕の場合は美大生のころから今に至るまで「人は何のために絵を描くのだろうか」とか「コミュニケーションってなんだ」といった問いに考えを巡らせ続けています。大切なのは答えを出さないまま放置しておくのではなく、自分なりに仮説を持つこと。そして、それを不断に見直しながらアップデートしていくという訓練を積んでおくことです。そうすることで、時代の文脈に対してより精緻な解釈を与えることができるようになると思っています。