米国で2006年に出版されたロバート・キヨサキとの共著の中で、トランプはこう述べている。

私も耳にしたことがあるが、従業員なのに「まるで会社が自分のものであるかのような働きぶりだ」と評判の立つ人がいる。自分が会社のオーナーであるかのように、その成功を唯一の目的に一途に働く人たちだ。

自分のビジネスを持ちたいと思ったら、一つの目的に向かって献身することが必要だ。例えば、ビジネスオーナーには労働時間に制限はない。何日も休まずに働くことさえある。それに、最終的な責任はすべてオーナーにかかってくる。私はそういう責任を負うのが好きだ。

自信が湧いてくるからだ。疲れるどころか、エネルギーを与えてくれる。そういうプレッシャーを楽しめないという人もいるが、そういう人は従業員のままでいた方がいい。(ドナルド・トランプ/ロバート・キヨサキ/メレディス・マカイヴァー/シャロン・レクター『あなたに金持ちになってほしい』筑摩書房)

実は、トランプは「低学歴の人が好きだ」と大衆に呼びかけながら、強烈な選民思想を持っている。不眠不休の努力ができる人、最終的にすべての責任を負うというプレッシャーに耐えられる人。

そういう人しかビジネスオーナーになれないし、自分がまさにそうである、と胸を張る。それができなければ、ずっと従業員のままでいればいい、ということだ。

「ビジネスも一つの芸術」というトランプの哲学

さらに彼は言う。

自分のビジネスを持つのは木を育てるようなものだ。

ビジネスも季節の変化や嵐を乗り越え、美しい夏の日や冬の猛吹雪を経験して生きる生命体だ。それは成長を続けるものであり、文字通り自分自身を表現するものでもある。私が、自分のやることの品質管理に細心の注意を払っている理由の一つがここにある。

自分を表現するものが何かあったら、自分の知るかぎり、あるいは達成できるかぎりそれを最良のものにしておきたいそうすれば、自分に対するハードルをどんどん高くすることができるし、決して退屈しなくてすむ。そのことは保証してもいい。これも、自分のビジネスを持つことのすばらしさの一つだ。

あなたがもし退屈しているとしたら、その責任はほかの誰でもなくあなた自身にある。そして、そういう状態は長くは続かない。会社勤めをしていて退屈な仕事があったとしても、会社をやめる以外にできることはほとんどない。でも、自分のビジネスならば自分でコントロールすることができるし、それはより多くの自由があることを意味する。

「自由」というのはなかなか興味深い言葉だ。なぜなら自由にはふつう代価が伴うからだ。ビジネスオーナーのほとんどは従業員よりも何時間も多く働いているが、他人のために働く方がましだと言う起業家に私はお目にかかったことがない! ただの一度も……。

「自分を表現する」という話は、特に芸術や文学に関して、みんなどこかで聞いたことがあるだろう。ビジネスでも自己表現が可能だ。私はビジネスも一つの芸術だと思っている。鍛錬、技術、忍耐力など、ビジネスと芸術には多くの共通点がある。(前掲書)

ここに、トランプの本質がある。

佐藤優『悪の処世術』(宝島社新書)
佐藤優『悪の処世術』(宝島社新書)

彼は、いかに「自己を表現するか」ということに究極の目標がある。自分の自信を高め、ハードルを高め、退屈せずに済むための「自己表現」のひとつであるビジネス。それがそっくりそのまま、政治に入れ替わっただけのことだ。

裏を返せば、トランプには政治家になって実現したい具体的な事柄が存在していない。

「アメリカ・ファースト」は、そのような国づくりを理想としているのではなく、そうぶち上げることで成し得る自己表現のひとつにすぎない。そこに、彼が好きだといった「低学歴」の社会的弱者へのまなざしはない。

この人たちは、トランプの自己表現のステージである「トランプ劇場」の演出小道具のひとつなのである。

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