コロナ禍で落ち込んだ経済を立て直すにはどうすればいいのか。京都大学大学院の藤井聡教授は「政府は不況を乗り越えるまで徹底的な財政出動をするべきだ。財政規律にこだわる必要はない」という。ジャーナリストの田原総一朗さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、田原総一朗・藤井聡『こうすれば絶対よくなる!日本経済』(アスコム)の一部を再編集したものです。

「反緊縮」のアメリカは、成長率がいちばん高い

【田原】先進国では、アメリカがもっとも成長率が高い。

【藤井】リーマンショックの対応が典型的ですが、ああいうとき緊縮財政思想に縛られているとうまく対応できません。当時のオバマ大統領は、ここは徹底的な財政出動が必要だ、と90兆円規模の財政政策をやったんです。

【田原】公的資金を入れて一時、企業の国有化をやった。東西冷戦時代、ソ連がそうだから蛇蝎だかつのごとく忌み嫌っていた国有化ね。

【藤井】そうです。徹底的な金融緩和と大規模な財政政策で、アメリカは成長を続けることができた。

【田原】日本がバブル崩壊で失敗した経験に学ぶ、みたいなことをいっていたね。

京都大学大学院の藤井聡教授
京都大学大学院の藤井聡教授(写真提供=アスコム )

【藤井】いっていました。だから日本がやらなかった「不況脱出まで」の充分な財政政策を徹底的にやったんです。そもそもアメリカはニューディール政策をやったくらいですから、アメリカは反緊縮の中心国家といえます。

1929年の世界大恐慌のときは、フーバー大統領以下みんな緊縮思想で、恐慌で所得が下がり税収も下がったとき、財政規律を守って支出を削ろうとした。するとアメリカのGDPが、たった3年で半分近くまで減ってしまった。

1933年にフーバーに代わって登場したルーズベルト大統領にアドバイスしたのがマリナー・エクルズという銀行家です。後にFRB(連邦準備制度)議長になった人ですが、現場の経済を大局的な視点からわかっていて、この状況で政府が緊縮政策をすれば逆効果だということを的確に理解していた。ルーズベルトに盛んに進言しています。

【田原】ルーズベルトのニューディール。

【藤井】ニューディールは、一度ガラガラポンにしてやり直そうという新規巻き直し政策。ルーズベルトは就任直後は緊縮論者でしたが、それを改め、国債を発行し減税もやって、国民にカネが回るようにしたんです。

全国に失業者があふれていたから、たとえばテネシー川流域開発公社で公共事業を興して働かせた。3年ほど続けたら人びとのポケットにカネが入り、そこからは財政政策をある程度緩和しても、サイフォンで水が回るように、みんなカネを使えるようになった。