番組の影響でスーパーに並ぶようになったバルサミコ酢

出演したことで、有名になった料理人は多い。

特に脚光を浴びたのが、ジャガイモで中華の陳建一と対決して勝った料理研究家の小林カツ代、チョコレートとバナナでイタリアンの神戸勝彦に勝ったパティシエの辻口博啓だろうか。ほかにも中華の周富徳、和食の神田川俊郎、中華の脇屋友詞などがいる。石鍋裕、坂井宏行、道場六三郎、陳建一など、鉄人たちはもちろん有名になった。

番組にはいくつも伝説がある。道場六三郎が対決にあたり、筆でお品書きを書いたこと。陳建一が鉄人最長連勝記録を打ち立てたこと。審査した料理ジャーナリストの岸朝子の「おいしゅうございました」のセリフ。そして、ほとんど知られていなかったバルサミコ酢が有名になり、スーパーに並ぶようになったこと。

オーガニックのバルサミコ酢
写真=iStock.com/bhofack2
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ジャンルに縛られずに食材を使い、調理法を工夫する潮流を飲食業界で拡大したこと。フランスでは、『ミシュラン』などの料理ジャーナリズムが料理の進化をうながしてきたが、平成初期の日本では『料理の鉄人』が、その役割を担ったのである。

関係者のインタビューなどを含めて番組を記録した『料理の鉄人大全』(番組スタッフ編、フジテレビ出版、2000年)には、実況に解説員として加わった服部栄養専門学校校長の服部幸應が組んだスペシャルコースで、登場した料理を紹介している。

フランス料理は「ハモのロワイヤル トリュフソース」「オマール海老の紫カブ詰め鉄人風」「中トロの赤ワイン煮 チョコレート風味」「ハモと車エビのサラダ 人参とオレンジのソース」「洋梨のロースト ホワイトチョコオレンジ風味」「仔羊のハラミのソテーと赤ピーマンのソルベ」である。

対決型の料理番組に夢中になった若年層の男性視聴者

和食は「ワカメの琥珀寄せ」「ねぎま鍋 しゃぶしゃぶ仕立て」、クルマエビとトリュフを使った「レンコンの挟み揚げ」「チーズ豪快鍋」「フォアグラとアボカドのグルメ丼」である。

中華は「パパイヤのココナッツ カニあんかけ」「芝エビのチリソースのカナッペ」「ヤリイカの淡雪フカヒレ炒め」「スパイシーパパイヤスープ」「オマール餃子とピリ辛土鍋煮込み」である。

料理の名前から、ジャンル横断的な意外な組み合わせが、たくさん登場したことがうかがえる。この番組が料理人たちの意識を変え、技術を向上させ、食べ手の意識も変え、知識をふやしたことは間違いがないだろう。

人々がグルメに興味を持ちつつ、まだ体験が少なかったこと。昭和の経済成長時代の名残りで、高級料理や高級食材が、いつか手が届くかもしれないという憧れの対象だったこと。意欲的な番組がヒットしたのは、時代のタイミングとぴったり合ったことが大きい。

日曜夜に放送された番組は、従来の料理番組とは異なる層にもアピールした。それは若い男性たちである。グルメマンガが対決ものの『包丁人味平』で本格スタートしたように、『美味しんぼ』が親子対決で引きつけたように、男性たちはテレビ番組の対決で料理に夢中になった。