妊婦においては有効なシートベルトさえ開発されていない

妊婦をめぐる状況はさらにひどい。妊婦のダミーは1996年から製造されているが、アメリカでもEUでも、政府は衝突安全テストにおける妊婦ダミーの使用を義務付けていない。それどころか、自動車事故は母体外傷による死産の原因の第1位であるにもかかわらず、妊婦に有効なシートベルトさえ開発されていないのだ。

キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)
キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)

2004年の研究は、妊婦も標準型シートベルトを装着すべきだと示唆しているが、妊娠後期の妊婦の62%には標準型シートベルトはフィットしない。また3点式シートベルト[腰の左右と片方の肩の3点を支えるもの]を妊婦が大きくなった腹部(妊娠子宮の膨らみ)を横切るかたちで装着した場合は、1996年の研究で明らかになったとおり、腹部の下の、腰骨のできるだけ低い位置でベルトを装着した場合にくらべて、力伝達が3〜4倍に上昇するため、「致命傷のリスクも上昇する」。

また標準型シートベルトは、妊婦以外の女性たちにもあまりよくない。女性は胸の隆起があるため、多くの場合は装着のしかたが「不適切」になり、負傷リスクが上昇する(だからこそ男性の縮小型ではなく、ちゃんとした女性のダミーを設計すべきなのだ)。さらに、妊娠によって変化するのは腹部だけではない。胸のサイズも変化するため、適切な装着はますます難しくなり、シートベルトの有効性は低減してしまう。この問題もやはり、女性のデータがあるにもかかわらず、無視され続けている典型的な例だ。必要なのは、完全なデータを使用して自動車を徹底的に再設計することだ。そのためにも、実際の女性の体格にもとづいてダミーを製作すればよいのだから、簡単な話だろう。

女性ダミーの導入により安全性の評価が急落

以上のようなデータ・ギャップはあるとはいえ、アメリカでは2011年に衝突安全テストに女性ダミーを導入したことによって、自動車の安全性の星評価が急落した。『ワシントン・ポスト』紙の記事によれば、ベス・ミリトーと夫は、4つ星の評価が決め手となって、2011年型のトヨタのシエナを購入した。ところが、思わぬ誤算があった。ミリトーは「家族で外出するときは」助手席に座ることが多いのだが、助手席の安全評価は2つ星だったのだ。前年モデルでは、助手席(男性ダミーでテストされた)は最高評価の5つ星だったが、助手席のダミーが女性ダミーに切り替わったことで、時速約56キロの正面衝突の場合、助手席の女性の死亡もしくは重症リスクが20〜40%になることが明らかになった。

『ワシントン・ポスト』によれば、このクラスの自動車における平均死亡率は15%である。

米国道路安全保険協会の2015年報告書では、「自動車設計の改善により死亡率低下」という見出しが躍っている。喜ばしいことだ。新しい法律の効果だろうか? それはありえないだろう。報告書には、まぎれもなくつぎの一文が存在する。「ほかにも乗車人員がいたかどうかは不明のため、死亡率はドライバーのみの死亡率である」

これはデータにおける甚だしいジェンダー・ギャップだ。