「平和相互銀行事件」の姿をなまなましく描く

本書は、そのメモを基にイトマン事件前夜ともいえる「平和相互銀行事件」の姿をなまなましく描く。

児玉 博『堕ちたバンカー 國重惇史の告白』(小学館)
児玉 博『堕ちたバンカー 國重惇史の告白』(小学館)

「39歳の國重がときに脅し、ときにハッタリをかましながら、大蔵省の事務次官、銀行局長、さらには大臣・竹下登をも動かし、日銀総裁、副総裁、あろうことか検事総長、東京地検特捜部まで動かす。それがすべて住銀のためだった。國重のバンカーとしての記録を残さねばと思った」

児玉はそのメモの丁寧で繊細な筆致を見せながら語る。

「不倫だとか、國重は大胆なエピソードが先行するが、本質は几帳面で真面目な男だ」

それだけに、イトマン事件の決着ともいうべき、イトマンへの「会社更生法」申請を、住銀上層部が土壇場で覆すシーンは、児玉自身、涙なしに書けなかったという。頭取の結論に「不愉快だ」と告げ部屋を飛び出したとき、國重のバンカー人生は終わった。

その後、女性問題を理由に國重は頭取への道を絶たれる。銀行にとって國重の持つ「パイプ」は「たかがそんなもの」。必要ないものだった。

「当時、國重は“半沢直樹”になれなかった。だが今の企業にも國重のような異分子を受け入れる寛容さがあるか。コロナの時代に企業と働く者の関係が改めて問われている。國重のような存在が深呼吸できない社会はとてもさみしい」

バブルの熱狂で輝き、その終焉とともに凋落した國重の物語は、決して懐かしさを掻き立てるだけのものではない。今を生きるわれわれの姿をも映し出す。(文中敬称略)

児玉 博
1959年生まれ。早稲田大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。2016年、第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞(『堤清二 罪と業 最後の「告白」』として単行本化)。
(撮影=石橋素幸)
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