仕事で必要なのは専門用語

仕事で必要なのは、一般の日常的な用語や表現とはかなり異なる専門用語や専門的な表現だ。これはビジネスパーソンだけではなく、プロフェッショナルな仕事について一般的に言えることだ。

ところが、英会話学校やテレビ/ラジオの英会話番組では、「専門用語が重要」という認識が希薄だ。「ご機嫌いかが?」というような挨拶あいさつや会話が英会話であるとしている場合が多い。それが「実用英語」の主要な内容だと考えているようなのだ。

こうした会話がまったく不必要だとは言わないが、仕事を進める場合には、それほど重要なものではない。初めて会った人に挨拶するのであれば、何を言うかよりも、むしろ笑顔でいることのほうが重要だ。

それに、挨拶がいかに流暢りゅうちょうにできたところで、それだけでは実際の仕事には何の役にも立たない。専門家同士がコミュニケーションを行い、仕事を進めてゆくにはまったく不十分だ。「仕事に使う道具」という視点がないことが、日本人の実用英語学習における大きな誤りである。

英語の日常会話だけがうまくなっても駄目である。それはコミュニケーションの手段に過ぎないからだ。「英語を使って何を伝えるか」が重要なのである。

学校英語と仕事英語はまったく別物

専門家同士のコミュニケーションで重要なのは、その分野の「テクニカルターム」(専門用語)である。

自動車関連の仕事なら部品の名称などが、化学関係なら製品や原料の物質名などが重要だ。法律なら、特殊な専門用語と特殊な構造の文章の世界である。税や会計などの分野でも、特殊な専門用語が多い。略語も多い。

会社の仕事を取引先の相手に説明する、あるいは新しい事業を展開する際に、その事業がどういうものかを説明する。そうした状況では、たくさん専門用語が出てくる。そして専門用語が正しく使われていれば、何を話したいかが相手に伝わる。

逆に、これらが分からなければ、専門家同士のコミュニケーションは成立しない。英語の一般的知識をいくら持っていたところで、手も足もでない(どのような言葉が必要かは、分野によって違う)。逆に、これらの用語さえ知っていれば、専門家同士の会話は、かなりの程度は進む。

学校教育では、すべての用途に合わせるために一般的な英語を教えている。しかし、これと仕事に使う英語との間には、大きな差がある。

同時通訳者が国際会議で必ずやっていること

税の話をするのであれば、「税額控除」「累進課税」「節税と脱税」などの用語を知らないと、まったく話にならない。累進課税は、progressive taxationと言うのだが、これは日常的に使われる言葉ではない。progressive taxationは「進歩的な課税」ではないのだ。

金融では、「円がドルに対して10%増価した」とか、「中央銀行が貨幣供給を増加して金融緩和した」という類の表現が必要だ。

経済学ではutilityという言葉をよく使う。これは、「効用」という意味だ。ある財を消費した場合にどの程度満足するか、それをutilityと言う。しかし、日常の英語では、utilityは電気、ガス、水道などを指す。だから、経済学でのutilityの使用法を知らないでこの言葉を訳してしまうと、とんでもない意味になってしまう。

専門分野のテクニカルタームは、その分野の専門家でないと分からない。国際会議の場合、専門家同士だと通訳は入らないが、大きな会議だと同時通訳が入る。そこでは、事前に必ず打ち合わせをして、どのような言葉が使われるかをチェックする。

同時通訳から事前にテキストを要求される。あるいは、発言で用いるテクニカルタームを、事前に聞かれる。それは、会議で使われる言葉に専門用語が多いからだ。専門用語を正しく翻訳しなければ意味が通じない。

これは、プロとして正しい態度である。ある同時通訳者は、税関係の国際会議のあとで、「あなたがたが話しているのは、〈税語〉です。私たちが分からないのは当然」と言った。